黒の祭壇

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Emptiness is conceived - 14(完結)

「あ、兄さん!お帰りなさい!」
 宿屋でかいがいしく待っていた弟がベットから飛び跳ねるようにして近寄ってくる。

「……あ」

 大佐と弟が外で待機したのは知っていたが、何も問題がない場合は君はそのまま宿に戻るようにというのが大佐の指示だった。
 大佐の言った時間内で普通にエドワードは屋敷から連れ出され、最初に待ち合わせた時計台の前まで送って貰えたのだ。
 そこで大佐達と合流しても良かったのだが、どんな監視があるか分からないから、ホテルまで一人で戻るというのが最初の計画だった。
 もちろん大佐と弟はどこかで自分を見ていたとは思う。
 エドワードが自然な動作で買い物をしている間に問題ないと判断した二人は宿に先に戻った。

 ぎゅむ、と抱きついてくる弟の機械の冷たさになんだか泣きそうになる。
 そんなアルフォンスの背後にはベッドに座ったまま呆れたように笑う大佐の姿があって、エドワードは何故か倒れ込みたくなった。

「どうだった?!」

 普通の格好で平和にエドワードが屋敷から出てきたので、口ではそう言うが、アルフォンスはあまり心配もしてないらしい。
 咄嗟に、兄としてやらなければいけないことを思いだした。

「とりあえず成功、でも、もう一回来いって」
「え……」

 さっと、アルフォンスの声のトーンが落ちる。たしか話では一回問診をしたら教祖のところに連れていくという話だった。

「なんで? おかしいじゃない」
「それが、さすがに手足が機械鎧っていうのは初めてのパターンで、部位が多すぎるんだと。教祖様なら出来ると思うけど、一応確認をしてみるので明後日もう一回来いって」
「……ふーん」
 なんだか釈然としないながらも、アルフォンスは渋々納得する。
「しかも、マジで今回こそは本物臭いぜ……」
「え?」
「あの男、教祖様は前、機械鎧の女性を直したことがあるとか言いやがった」
 なぜ、悔しそうに呟いているのだろうとふと思った。
 やっぱりうさんくさいと思うのだ。喜ぶべき所なのに、なんか裏があるような。
「なに、ほんとなの兄さん」
 アルフォンスにこくりと頷く。
 大佐は先ほどから動かず、じっとこちらを見ていて、話の先を無言で促している。
「とりあえず、全部説明する」
 情報の共有は、部隊の安全と任務の遂行のために絶対に必要なことだ。
 認めるのも悔しいが今の部隊の指揮官であるこの上司には、事実を伝えなければならなかった。

 全てを話し終わったら大佐は、ふむ、と言って天井を見上げた。
 何かを考えているらしい。邪魔をしてはいけないような気がして、エドワードは反対のベッドにとすん、と座る。
 自然視界に入る右腕の機械鎧がなぜか恐ろしく感じる。
 これは、ウィンリィが作ってくれた唯一無二の大切な機械鎧で、エドワードの欠けた部分を補ってくれる物。
 これがなければ、エドワードは未だにあの優しい田舎町から出ずに退廃の日々を送っているかもしれない。

 ……ああ、あと。

 視線を向ければ、大佐は今度は床を見て考え込み。
 この、容姿端麗だけどどこか抜けた感じのある男も、いないときっと同じだった。
 と、すると今のこの状況は、ウィンリィの機械鎧と東方司令部のロイ・マスタングと。二つのうちどちらかが欠けたらなかったのだ。

 それは、きっとものすごい幸運。
 エドワードは、この男があんな田舎まで来てくれたことに本当は感謝しなければならないのだ。

「少なくとも、状況は悪くはなっていないな。教祖に会う前に門前払いの可能性だってあったわけだから、それを思うと幸運だろう。しかし……もし、その機械鎧を生身に戻すというのが本当だとしたら、女性の一人や二人、灰にすることぐらい簡単だろうな」
「それはつまり……賢者の石を持っていると言うことですか?」
 アルフォンスが問う。
「ありえることだが、それ以上に分からないのは動機だ。もしその教祖がクロだとして、なぜ、何のために女性を殺す?」
「………」

 エドワードとアルフォンスには、その教祖様が賢者の石を持っているっぽい、うそーまじかよ! 調べなきゃー! しかなかったので、正直大佐の調べていることなど忘れかけていた。
 そうだった、男は元々女性の変死体事件でここに来たのであり、目的は違うのだ。エドワード達にとってはこれでよし、な事件でも大佐にとってはきっと、それだけでは意味がない。男が求めるのは解決なのだから。

「気味が悪いのはそれだけではない。男は無償で女性を治す。……なんのために?」
「……そういえば、慈善事業にしては大がかりだよな」

 エドワードも今日思った、あの無駄に立派な病院のような施設。何十にもして存在を隠す教祖という存在。そこまでして、なにをしたくてあのサイゴンはあるのだろう。

「でも無償じゃねえよ。等価交換で何かを頂くとは言ってたし」
「でも、それが何かはまだ分からないんだろう」
「……まあ、なあ。次に会ったときに説明するって言ってた。俺も聞いてみたけれどこれはルールだの一点張り」

 肩を竦めるエドワードに続ける大佐。
「逆に、金を取るのなら分かる。それが目的なのだろう。だが無料奉仕であの建物や人員を維持できるのか? 等価交換であげる物が何かは分からないが、金なんか十代の子供が持っているわけがない」
「あ、人員については、俺、分かる。今日あの男が言ってたんだけど、スタッフは昔教祖様に治して貰った人たちだって。だからご恩返し。無償だってさ」
 はい、と手を挙げて述べれば、大佐はふうむ、と腕を組んだ。アルフォンスが付け加える。
「無料奉仕をするのなら、スポンサーが付く可能性だってありますよね。富豪の娘が瞳を患っていました、それを治しました、多分その後、富豪の両親は大喜びで援助してくれる気がします」
「やはりそのへんか……」

 でも大佐は何故か納得していない。
 汚れた大人だからか、汚れた子供の自分だって分かる。
 世の中にそんなに綺麗で美しい話があるものかと、疑ってしまうのだ。
 無償の愛? 見返りを求めない、なんて実際に言うよりとても難しい。ないとはいわないが、それは一生に一個見つかるかどうかの奇跡みたいな物だと思っている。
 少なくともセクハラ行為をする部下を持つ教祖様にはそれはないとエドワードには思えるのだ。

「金を取らないのは、金を取ると困るから、とか」
 エドワードは思いつきで言ったが、何も考えてなかったその言葉は、微妙に大佐の脳の何かをひっぱったらしい。
 男は目を見開いてこちらを見て、再度唸った。

「金を取ると、困ることがある……? たとえば、それはなんだ。……人。来る人が減る。多分金のある女性、そうだな……二十代以上になるだろう。もともと十代しか求めていないサイゴンに、そんな女性が来ても無駄なだけだ」
「……それより」
 エドワードも流石にここまで来たらなんとなく水面に石が投げられたのが分かった。

「十代の子供だけがあの男の目的なんだ」
「十代の女性が持ってる何かが必要なんじゃねーの?」  

 二人、同時に声を上げて、思わず顔を見合わせた。
 あら、と口が閉じてしまったエドワードの表情を見て、大佐はなぜか優しそうに笑う。

「……鋼の」
 す、と男はそこで初めて立ち上がる。

「ご飯でも食べようか。君、何も食べてないだろう?」

 まるで東方でいつもエドワードを誘う時みたいな、日だまりのような声。
 それにつられて、ぐう、と鳴ってしまったお腹に、アルフォンスが行っておいでよ、と声を掛けた。

(続く)