黒の祭壇

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月に村雲、花には嵐 - 16(完結)

 ……落ち着け。

 そんな感情が全く表れないことにある意味感心していたはずなのに。
 流石に頭に手を当てて余所を向いたのは、この淫らな気持ちを抑えるためだったのだが、エドワードは誤解をしたらしい。
 ロイに近寄ることもせず、彼女の嗚咽だけが寝室に響く。

「……どうして、浮気など」

 いたたまれなくなったのは、なぜかこちらの方だった。
 散々傷つけられたのはこっちなのに、なぜか自分が虐めた気分になっている。
 女は得だ。泣けばいいんだからな。
 別れる気持ちは変わらない。もう騙される物かと疑いの芯はこびり付いてロイの中で頑張っている。
 ただその前に一応弁明だけは聞いてやろうと思った時点でかなりほだされていることに、その時のロイは気がついていなかった。

 発言を許されて、涙をごしごしと拭ったエドワードが項垂る。
「じ、実験……」
「――――は?」

 出てきた言葉は、あまりに予想外の物だった。



「い、いろいろ頑張ってたんだけど、そろそろテストしてみようかと思って」
 ぐずぐずと鼻をすすりながら弁解するエドワードの言葉が理解できなくて、ロイの頭から一瞬にして怒りや絶望が消えた。
 思わず振り向いたら、視線があった彼女は一瞬の間の後、嬉しそうに笑った。

「……」
 振り返ればすぐに分かるほど、彼女はずっとロイを見ていたのだ。振り向いてくれないかな、と。

 ……ああ。

 まずい。

 やばい。又、誤魔化されそうな気がする。

「テストって、なんだね君」

 その声が今までより一段柔らかい物になっているのは気がついていた。でもエドワードは気がつかなかったのか、心持ち頬を染めて、恥ずかしそうに俯く。

「お、俺が……」
 どうも、ロイの顔を見て言う勇気はなかったらしい。

「俺が、男の人にとって、魅力的なのかな………っ、て」
「――――――――――へ?」

 ますます、ロイの頭はシャッフルされた。


 え。

 何言ってるんだこの子。

 本気で言ってるのか?
 本気なら、馬鹿げてるにもほどがある。



 あ。なんか頭痛してきた。
 どう見てもこの瞳は真剣だ。

 頭を抱えたロイに、エドワードはこれ以上を続けていい物かどうか悩んだらしい。放っておけば又妙なことを考え始めると直感して、ロイは言った。
「本気かね、君。ナンパをあれだけされまくって何を」
「だって、あんなの旅先だけだし……!」

 慌てて泣きながら反論するエドワードに、こんな状況にもかかわらずロイは正直呆れた。

「中央だと、誰も俺に声なんかかけねえよ!」
「いや、そりゃあ……」

 ロイのお膝元でエドワードをナンパなぞしたら翌日にはほどよく焦げた人間が一人出来上がっているだけだろう。

「あれだけ、私が綺麗だかわいい美人だと、散々君に言ってるではないか」
「だってあんた、そんなん誰にでもいうだろ!」
「………」

 誰にでもいう。

 たしかに社交辞令なので誰にでも「今日もお美しい」くらいはいうが、それは、エドワードに言う物とはもう、根本的に違うだろう。
 そんなの、聞いてれば分かるとばっかり、思っ……て……

 頭がぐるぐると回り始める。
 先ほどから一刀両断でキレた子供に切り捨てられる自分の発言に、少し嫌な悪寒がやってきた。



 まて。
 ひょっとして、これ。
 ……素晴らしい誤解をされているのは、ひょっとして自分の方なのか?

(続く)