黒の祭壇

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月に村雲、花には嵐 - 4(完結)


「で、今回は誰?」
 ちょっとだけ覗き込むように手元の封筒に目をやる少女に、当初の目的を思い出す。
「画廊イマジンのユーディーママ」
 言って反対側に座れば、エドワードは小首を傾げて、知らないなあ、と呟いた。
 用意した封筒から写真を取りだして、すっと彼女の前に置けば、エドワードは手にとって食い入るように見つめる。
 大佐とその女性が今まさにホテルに入って行く瞬間を捉えた探偵の天下の逸品なんですが、普通ならこんなものを見せられた彼女っていうのはわなわなと震えるか泣き出すかどっちかなのだ。
 大将なら怒り狂うと最初はハボックも思ってたのだけれども。
「………今度はエスニック系の美人と来たか。守備範囲広いな」
 錬金術の文献を読むときのように真剣に写真を分析するエドワード。
「……たしか前回はシルバーの髪の美女だったな?」
「そうそう、雪国出身の綺麗な白い肌した人だったよな。今度は黒髪の黄色人種系美人か。…ほんとに綺麗ならどんなタイプでもいいんだな、あいつ」
 呆れたというか、困ったというかうーんと口に手を当ててその女性の写真を観察している。
 その瞳は研究中の科学者みたいで、悔しいとか哀しいとかそういった感情は何処をどう探しても見つからない。仕事の書類を手にしているときと、目つきが全く一緒なのだ。

(……これだから)
 困るのだ。

 もちろん浮気しまくっている大佐を見ていた俺達男性陣が全員奴怖さに口をつぐんでいたわけではない。
 彼女のために蛮勇を奮い起こしてエドワードに特攻した猛者がいたのだ。
 いわく、マスタング准将はあなたがいるのに浮気をしているような奴なんだからもうやめてしまえ、と。
 言った本人、家で遺書を書いてきたと言うからその根性には本当に恐れ入るが、そんな男の勇気に満ちた誇り高い台詞にきょとん、とした顔で少女は

「知ってるよ、そんなの。俺が許可したもん」
 なんて言ってくれた。
 
 そんなことを言われてしまえば、俺達にもう出来ることなんかない。
 彼女はそれでいいという。男の行動は俺達にとっては許せなくても、当の本人がいいと言うのだから我慢するしかないではないか。
 少なくとも、太陽みたいな、白い花みたいなエドワードには彼女一人を大切にしてくれる爽やかな男性が必要なのだとみんな影では思っていたのでして、あわよくば自分がそうなれればいいなあと望んでいたりなんかして、それがあんな女にだらしない一回りも年の違う男に持って行かれるというのは、男が地位を利用していたいけな少女を誑かしているようにしか見えないらしい、というか実際そうだが。

 エドワードに会う度に、そんな思考のエンドレスゲームに陥るハボックのことはすでに眼中にないらしい少女は、上から下からその女性の写真を観察続行している。
 どうも隣で腕を組んで写っている恋人のことはどうでもいいらしい。
「スタイルもいいよなー」
 感心した溜息をついているエドワードであるが、正直貴方の方がスタイルはよいのですがと突っ込みたい。
「美人だしなあ」
 とも言っているが正直エドワードの方が美人なんですが、それを口にすることは許されない。エドワードの容姿を誉めることは准将にとっては彼女を口説いているのと同じらしくそれなりの報復が待っている。
「……ほらよ、これが店の場所」
 このまま浮気相手を誉め続けるエドワードを見ていると禁を破りそうなので、もう一枚用意していた地図を差し出す。
 手に取り見つめる少女の頭の中にはこの中央の地図が浮かんでいるのだろう。

 行って、こっそり確認して帰るだけ。少女はそれをするだけ。
 公認だから、とか、気にしてないし、とか言うけど、だったらなんでそんなことをする?本当に気にしていないなら、浮気相手の情報を仕入れる必要はない。
 エドワードは准将に対して怒ったって怒鳴ったっていいしその権利があるのに、どうしてそれを行使しないんだろう。
 気にしていないのならば何で姿を確認しに行くのか。
 喧嘩でも売りに行くのかと思えばそうでもなく、ただ黙って立ち去るだけなのだ。

 …そんな、彼女の姿を隣で見続けているメンバーはたまらない。
 何処をどう見ても、浮気する最低男とそれを捨てられたくないから諦めている少女のカップルにしか見えないだろう。
「営業時間は夜十九時までだから、今なら店にいると思うぜ。ちなみに准将は今会議中だからここにはいない」
 多分確認しに行くつもりになっているのであろうエドワードに、本当は言いたくない、と思いながらハボックは店の情報を告げる。
 それは、彼女の心を傷つけるだけの行動ではないのかと。
「だったらちょうどいいかな、今の時間なら店も暇そうだから行ってこよ。ありがと中尉」
 言ってエドワードは椅子を引く。
 これで俺達の打ち合わせは終わり。エドワードが手を打ち鳴らして、テーブルに手を置けば見慣れた錬成光が瞼を焼いた。
 そういえば、と彼女は椅子を床に再錬成しながら、立ち去る俺に振り返る。
「土産は重くなったから郵便で送ったぜ。明日中尉の家に届くから」
「……おう」
 土産なんて、本当はいらない。そんなことより、こんな辛い逢い引き自体、もうやめてしまいたい。
 だが言えずにずるずるここまで来てしまった。
 振り返らず、手だけ振る。
 一回だけ、振り返って後悔したから、もう振り返らない、と決めているのだ。



 あの時、彼女は本当に華やかに見惚れるほどの笑みを見せていた。
 意識が洗浄されて、心臓が止まる。
 身体の深い部分が、小さい違和感に少し咳をした。
 世界で一番崇拝しているはずの上司の顔が脳裏によぎる。
 男が為すことはその時点では理不尽だと思うことでも実は何らかの意味がある。だから我慢もしたし、後で考えればそれでよかったと思うことが多い。
 その為に何かを失っても一人で抱え込んで前へと進む男だから、ハボックは一生崇拝し続けるだろうし、一生背中を守ろうとするだろうと思っていた。
 なのに、一生構成物質を変化しないはずのその鉱石が揺れた。
 ――――一番が変わることはあり得ない。
 ハボックは男をそれでも信じていて、あの男ならエドワードを本気で泣かせたりはしないと思っていた。
 だけど、ひょっとしたら彼は本当に彼女をただの物珍しい玩具のように扱っているんじゃないか、なんて。
 …………今までなら、絶対に考えもしなかったことを、紡ぎ始めようとした神経に自分自身で驚いた。
 自分の中に、彼を疑う気持ちの一片でもあったことが、まるで酷い罪悪のように思えた。
 だから、卑怯にも自分は今まで逃げていたのだ。自分の中の絶対の存在が壊れるのが怖くて、笑う彼女を見ないふりしていた。

(……とうとう、十人目ですよ、准将)

 決めていた。
 女の数が二桁になっても、それでも男が続けるようなら、パンドラの箱を開けようと。 

(続く)