月に村雲、花には嵐 - 3(完結)
普通彼女というのは一人いればいい物ではないのだろうかとハボックは思う。
というより一人以上いてはいけない。他の国ではどうだか知らないが、この国ではそう決まっている。
准将は今までも複数の女性に同時に愛を囁ける人間ではあったが、実際に手を出すのはそれなりの割り切りが出来る女と決まっていた。
素人女性には愛を囁くだけで終わり、ベッドまでは連れて行かない。
しかも准将にとってはおはよう、こんにちは、こんばんはと美辞麗句は同レベルだ。おはよう、という代わりに、やあ、今日も綺麗だね、と言うのがロイマスタングである。なので彼にとっては挨拶をしているだけである。口説いているつもりは全くない。
女性が勝手に惚れるだけで。
いくら身体は奪わないとはいえ心はさっさと奪っていくので、残されたハボックや他の男達が涙でハンカチを濡らす羽目になるのだ。
でもまあ、彼女たちが勝手に惚れて、そのとばっちりで俺達下々の者は振られるとはいえ、准将にとっては彼女たちはただの知人に過ぎないので、それ以上話は進まない。
だからまだ許せていたのだ。
男は何事もそつがないので、別れるのに修羅場になりそうな女は選ばない。…一言で言うと、男性経験豊富そうな女性しか夜のお共にはしないということだ。
つまり、エドワードみたいな女性は准将にとっては本来ならば絶対に相手にしないタイプなのだ。
靴屋のアイリーンの告白をそつなく断った男に、なんでOKしないんですかあ、と涙ながらに聞けば、すんごいやる気なさそうに「処女はめんどくさそう」と呟かれた時の衝撃を俺は忘れない。
あの男は、女性なんて肉欲さえ満足させてくれればそれでいいや、だからいちいち貞操なんか求めてないよ、それどころか一晩経ったら面倒だから忘れて欲しいな、と。
……口で直接に言われたことはないが態度はどう見ても言っていた。
それは、大佐の周りにいる男性陣も女性陣もとてもよく分かっている。
よって一般市民の女性達から見たら、彼は憧れの人。どうせ自分なんか相手にして貰えないとほんのり諦め。男性陣からしたら彼女には絶対に見せたくない男だが、どうせ准将は人当たりが良いだけで踏み込ませはしないので、まあ、自分が彼女に振られたとしてもそこまで腹は立たない、となる。
――――だから、あれは私の物だから手を出すなよ、と准将が暗に軍部中に公言した時には、軍部は蜂の巣をひっくり返したような大騒ぎだった。
「いや、マスタング大佐が手を出すタイプじゃないだろ」
「今までだったら告白だけ受け取ってごめんなさい、ってパターンなのに」
「え、でも大佐の方からアタックしたって聞いたぜ、今まで歩いてるだけで磁石みたいに勝手に女が寄ってきたのに」
その日の食堂は大佐の話題でもちきりだった。
自分から積極的にアプローチするロイマスタング。
軍部の人間みんなの脳裏に「ありえない」の言葉が浮かんだ。
つまり、そんなありえないことをするロイマスタングの今までに見たことがないような柔和な笑みと、何故か隣で怒り狂ってる少女に、ああ、あの男もついに年貢の納め時か、とか、本命ができたんだな、とか。
やっとこれで俺達彼女をとられなくてすむ。
……とか。
一人の貴重な美少女を失った代わりに軍部の平和を手に入れたのかもしれないと孫の結婚を見守るおじいさんみたいな気持ちでみながこっそり二人を祝福したのに。
――――それは一週間で怒りに変わるのだ。
エドワードが中央にいる時だけは他の女はすべて切り捨て彼女だけのために動く男なのだが、居なくなった途端に今まで通りのロイマスタングに戻る。
灯りに引き寄せられる蝶の中から好きな色を選んで持ち帰る。飽きたら他の蝶を選んで持ち帰る。寄ってくる蝶にはきりがない。
つまり俺達男性陣は全く今までと変わりなく彼女をとられ続けるのである。
准将があれだけ女性にだらしない生活をしていても、今まで中央の男性達に本気で刃を向けられなかったのは、遊びと本気を割り切っていたからだ。
だが、どう見ても遊びの関係なんか出来なそうな小さい少女を横に置きながらその目の届かないところでは平気で浮気をしまくっているのだから、今までそれなりにロイマスタングに一目を置いていた男どもは仕事以外の部分では完全に大佐を呪い始めた。
また、エドワードが軍部にちょくちょく現れて気さくに皆と話すのがいけない。考えてみれば彼女はかれこれ五年以上この軍部にいるのだ。
みんなが彼女の顔を知っていて、それこそ小さい頃からずっと成長を見守ってきた。娘の成長を見守っている父親みたいな気分だったのにそれがいきなり自分の上司に攫われていったのだ。
そしてその上お嫁に行った娘は浮気性の旦那相手に愚痴の一つも零さず実家の父親のところに土産を持って会いに来る。
娘は明るくて、元気が良くて、口は悪いが情に厚く、いるだけで父親はほんわりと頬が緩むのだけれども最後には自分の上司に連れ去られていくのだ。
その旦那の後ろ姿に包丁を刺す妄想をするくらいは許してやってもいいと思う。
……ここ一年くらい、中央司令部の状態はそんな感じだ。
こんなにいい子がいながらなんでだよあのマッチ男。
と軍部中の恨みの視線が四六時中背中に突き刺さっているのだが、男はやっぱり気にしていない。
(本気で……いつか刺されても知りませんよ、准将)
ハボックが溜息を吐く間にも、エドワードは両手を打ち鳴らして、さっさと屋上の片隅に机と椅子を錬成し始めている。
座るところすらないこんな不便な場所なので、毎回彼女はこうしておくつろぎセットを作成するのだ。
魔法のように床が盛り上がって、毎度の事ながらちょっとディテールのおかしい変なテーブルと座り心地の悪そうな椅子が二脚ほど出来上がる。
「たまには、喫茶店かどっかで待ち合わせりゃいいのにさー」
ぶつぶつと、愚痴を零しつつ、ついでにパラソルまで錬成して日差しを防ぎながら席に着く少女にハボックはぷるぷると首を横に振った。
「そんなデートみたいな真似出来るわけないだろ!」
「中尉と俺が一緒に飯食ってたってそんなこと思う奴いないよ。ああ、仕事だな、って思うだけだって」
「……ソウデスネ」
変なイントネーションで抑揚なく答える。
この子は俺の側にいるあの黒い悪魔の本性を知らないからそんなかわいらしいことが言えるのだ。
准将の彼女に近づく男に対する寛容度はエドワードのそれとは真逆で猫の額より狭い。多分ミジンコよりもバクテリアよりも小さい。
……又、そういうところが司令部の面々にいつか刺されるんじゃないのかとハボックが思う要因でもあるのだが。
(続く)
