黒の祭壇

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Emptiness is conceived - 41(完結)

 サイゴンの事件から数年。
 完全に誤魔化せないな、と悟ったのは18になった時だった。
「遅い」
 もう夜の24時だ、と時計を突きつけて文句を言えば、悪い悪い、と男は簡単に謝った。
「もうあと30分で閉店なのに、どーすんだよ飯」
 ほら、オーダーストップになるからさっさと頼め、とメニューを突き出せば、大佐は苦笑しながらコートを脱いだ。
 遅くまで空いてるから居酒屋にしようかと言ってきたのはこいつなのに、それでもぎりぎりになるんだから相当忙しいんだろう。

 頬杖をついて、向かいの席で真剣にメニューを見ている男の顔を堪能する。
 視線に気づかれるともう無理だから、チャンスはあんまりなくて。
 頻繁に会えるわけじゃないから、会ってる時だけでもよく顔を覚えておこうかな、なんて思ってたりするのだ。実は。
 昔は、軍部で待てたのにな。
 もう駄目だ。
 エドワードは数ヶ月前から一切軍には顔を出せなくなってしまった。
 答えは簡単。もう育ってしまった胸とか腰とか尻とかまあもろもろが、頑張っても女性を主張していて誤魔化せそうにないからだ。
 目的さえ達成すれば、優しい大佐の仲間達に正直に言ってもいいけれど、未だアルフォンスと旅している状態ではまだ変に騒がれたくない。
 腹の石を使うまでには後二年。出来れば使わずに済むようにと旅を続けているけれど。アルフォンスがあと二年間、なんの問題もないようならこの最後の保険を使用できる。
 やっとメニューを決めた男がウエイターにあれこれと注文している。
 堪能はここまで。これ以上は見つめていたらばれてしまう。
「忙しそうだなー」
「ん? まあたまたま最近テロが多くてね」
 首をこきこきしながら仕事帰りのサラリーマンみたいに腕を廻す男。
「君はますます綺麗になったね」
 なんて誉め言葉だけは忘れない。
「あんたはますます老けたよな」
「なに?!」
 ちょっと気にしているらしい。男は両方の頬に手を当てて、肌のハリを確認していた。久しぶりの会話が楽しくて、コップのストローを廻しながら微笑む。
「はあ……不安でしょうがないんだから、あんまり虐めないでくれないか」
「なんで?」
 自分のきょとんとした顔のせいで、伝わっていないと思ったのか男はがっくりと肩を落とす。
「君はどんどん綺麗になって、しかも旅をずっとしているわけだろう? わたしみたいなおじさん以外に恋に落ちる相手がどこかの旅先で出来るんじゃないかと不安で不安で」
 ちるるるる、と残った水を吸い上げながら馬鹿な妄想をしている恋人に同じ台詞を返したくなる。
「変なの」
「なにがだね。私にとってはゆゆしき……」
「あんた以上の男なんて、そんなに簡単に転がってるわけないだろ」
 アホなこと言ってないでさっさと食え、ととりあえず少しだけ残っていた春巻きを勧めてみる。
 むう、と春巻きを持ったまま考え込む上司は、どうも時々考えがふっ飛ぶからよろしくない。
「……待ち遠しい」
「?」
「後二年、二年か……」
 言っているのが二十歳ということに気がついて、エドワードはああ、と呟く。
「石のことか? 順調に育ってるらしいぜ、未だに生理ないし」
「生理、て君……」
「ひょっとしてすくすくと成長して身体を突き破ったりするのかと思ったけど、そういう訳じゃなさそうだな。サイズは変わらないみたい」
 言って腹を撫でると、大佐は嫌そうな表情で人参を突き刺した。
「……なんだか、そうしていると妊娠初期の妊婦みたいだな……」
 生々しいことを言って、人参を咀嚼する男。
「ああ、でも二年後にはそういう光景が見れるのか。楽しみだな」
「…………え」
 何を妄想しているのか、ジャガイモを食べながら男はにやにやと無気味な笑みを見せる。
「あんた、何か妙なこと考えてねぇか?」
「いや、別に? 散々何年間も待たされたのだから、二十歳になった暁にはあれをしてこれをして、なんて考えていないとも」
「考えてるじゃねえか!」
 いつのまにやらテーブルに並んでいる今日の夕飯をもりもり食べている男は馬耳東風。最近会う度にこんなだ。
 男はエドワードの身体から石が消えた後のことを考えると楽しくて仕方ないらしい。
(……わかってんのかな)
 石を無事に取り出したとして、そこで人体錬成が成功するかなんて、分からない。己の命がどうなってもアルは助けるつもりだからいいのだが、男が妄想しているような未来など、確率で言うとどのくらいなんだろう。
「悲観的に考えるのは君の癖だね」
「え?」
 肉を切りながら、ロイは言う。
「だから私はせいぜい楽観的に考えることにしてるんだ。それに、賢者の石を手に入れた君たちが人体錬成に成功できないなら、おそらく此の世の錬金術師は誰一人君の弟を錬成できないよ」
 だから不思議と、心配していないんだ、と肉を口に入れつつ言う十以上も上の恋人に向かって、エドワードはこんな場所なのに抱きつきたくなった。
「うん……」
 少ししんみりして俯いてしまう。男のフォークとナイフの音だけがほんの少し沈黙を破った。
「今日は、泊まっていくのかね?」
 暗に自分の家に来るのかと聞かれて、ちら、と見上げた。
「……泊まって欲しい?」
「もちろん」
「……なんも出来ないのに?」
「キスして君を抱きしめて眠れれば、充分」
「…………」
 ごちそうさまでした、とあっさり料理を平らげた男が、口元をナプキンで拭いている。相変わらずの自己中心的で、不安なんか振り払うほどに堂々としていて。
 身体の中の賢者の石がどうなるかわからないから、二十歳まではそういうのは嫌だ、と両思いになった時に告げた。
 二十歳になるまでは、手も出せない恋人なのに、それでもいいよ、とあっさりいうような度量のでかいところもほんと、……好きで。困ってしまう。
 実はもう、アルフォンスには今日は帰らない、と言ってあると伝えれば。
 数秒目を瞬かせた男は、酷く至福そうに微笑んだ。

 それから数年後。
 後になって思うと、度量が広いなんて思っていたのは俺がまだまだ子供だったからで。
 アルフォンスを元に戻した後の我慢していたらしい男の狭量っぷりを知ってたら、あんなこと絶対言わなかったのにな、と。
 腕の中で乳を強請る赤ん坊に愚痴りながら、ちょっとだけ後悔してしまうエドワードだったりするのだった。

(終わり)