1Emptiness is conceived Ex1
うららかな昼下がり。
部屋にはほどよい温度の珈琲とかわいらしいマカロン三つ。だが、それを頬張るエドワードに掛けられる声は、お菓子の甘さを一瞬で消してしまうほどに、苦い。
「姉さん、やっぱり挨拶には行かないといけないと思うよ」
「そうだぞ鋼の、君だって彼らに会いたくないわけじゃないんだろう」
「いや、でもさ」
「だってこのまま一生逃げたってキリがないよ、いつかはばれると思うよ」
「そうだぞ鋼の、それに私と結婚式をしたらどうせばれるじゃないか」
「――――――だれが誰と結婚式なんかするんだよ!」
二人の連携的な説得に少し揺らめいていた心が一気に戻った。
身体を戻したアルフォンスと、年上の恋人は、二十歳を過ぎてしまったエドワードを先程からひたすら説き伏せているのだ。
「冗談じゃねえよ!今更どんな顔して中尉や少尉に言うんだよ。こ、こんな胸とか腰とか腕とか……」
「いや、そこは落ち込むべきではなく誇っていい場所だろう」
冷静にツッコミを入れてきたのは、黒髪の上司だ。胸に手を当ててどうにもごまかせない膨らみを確認するとそのままソファーに倒れ込んだ。
反対のソファーですっかり男性に成長しているアルフォンスがはあ、と溜息を吐く。
「姉さん、でもどこかでばれるなら、いっそ盛大にばらした方がいいよ。もう少し開き直って。ほらほら」
「うう……やっぱり男に戻れねえかな…」
腹の石はもうない。子宮を保つ必要はないわけで、男性の身体に戻れるならそれでもいいのだ。元々産まれた時は男だったわけだし。
エドワードのそんな愚痴に、アルフォンスは往生際が悪い、と突きつけた。
「無茶言わないでよ。それともこれから二人で父さん探す旅に出る?」
俺の身体をいじくったのは紛れもない実の父。あいつでなければおそらく身体は戻せない。エドワードが子供の時に行方不明になってから未だに遭遇できていない薄情者だ。賢者の石より見つけるのは難しいかもしれない。
でも、そうか、又アルフォンスと旅に出るのもいいかもしれない。
がば、と懐いたソファーから起き上がると、アルフォンスを見た。
「いいな、それ」
「でしょう? 僕は別にかまわないよ。そりゃ少しはリゼンブールでゆっくりしたいけど、落ち着いたら又旅に出ても。ただ……」
ちら、と最愛の弟が気遣って向けた視線の先では、大人が黙って珈琲を飲んでいた。
兄弟二人の視線を受けて、ん?と目を瞬かせる。
「なにかね」
「いや、姉さんが又旅に出てもいいんですか?しかも男に戻るとか言ってるし」
「……まあ、それは側にいて欲しいが、君がそうしたいならすればいい。帰ってくる場所が私のところならそれで」
あまりにあっさりと言われたので、迎撃態勢になっていなかった肌が一瞬で赤くなる。
理解があるのは、けっこうだが。
……少しくらい、縛ってくれても、かまわないんだけ………
――――いかん。まずい思考回路だ。
頭を振って気を散らしている間に、アルフォンスはずけずけと言い放つ。
「でも姉さんと結婚するなら男じゃ困るんじゃないですか?孕ませるとか言ってたし」
「――――え、なに大佐そんなこと言ってたの」
「言ってたよ。だからもう僕怖くて怖くて。普通言わないよねあんなこと」
「まてまてまてまて!」
アルフォンスの口を止めることが今最大にやるべきことと認識したのか、大佐は大声を上げてSTOPと言った。
またもや集中する二人の視線に、こほんと咳払い。
「あれはまあ、軽い冗談というか」
「そうは聞こえませんでしたが」
「それほどの決意というか」
「煩悩じゃないんですか?」
「……とにかく!別に、いいんだ、男だろうが女だろうが。エドワードが私を好きでいてくれて、私が好きなら問題ない」
「どっちにしても年の差がありすぎでしょう」
「……」
アルフォンスの容赦のない攻撃は、的を射ているだけに大佐も反論ができないようで、男はお茶を入れてくるとか言って立ち去ったがどう見ても逃げだ。
ほとぼりが醒めた頃に戻ってきた男は、なにを閃いたのか、妙にすがすがしい顔をしていた。
「鋼の。私と賭をしよう!」
「は?」
目をぱちくりさせる金色兄弟。
「君が女性の格好でセントラルに来るんだ。私の部下達は君だと分かると思うか?」
「えー、分かるだろすぐ。それどころか似合わない女装なんかしてなにや」
「分からないでしょうね。確実に」
エドワードの嫌そうな発言をあっさり遮ったのはアルフォンスだった。
うんうんと頷く大人。
「そこでだ。私は君の女装……というのもおかしいのか、がばれない方に賭ける。君はばれる方に賭ける」
言いたいことはなんとなくわかった。
どうやら大佐は賭をすることで、俺が中尉達に性別を説明する理由を作ってくれようとしているらしい。
「それで、賭けに勝ったらどうするんですか?」
アルフォンスが、きょとん、と聞いてくる。さっき大佐ににこやかにダメージを喰らわせる発言をしていた人間の表情とは思えない。
「それは定番だろう。負けた方が勝った方のいうことを何でも一つ聞く」
「のった!」
速攻で手を挙げる。
あまりにも速攻だったために大佐がのけぞった。
「兄さん?」
「絶対何でも言うこと聞くんだよな?」
「……ああ、男に二言はない」
頷いた男に、にこにこと微笑む。ご機嫌なエドワードが何を望んでいるのかを問いたださなかったことを、後々ロイは後悔することになった。
(終わり)
