黒の祭壇

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月に村雲、花には嵐 - 17(完結)

 

 エドワードはふて腐れたように言う。
「そりゃあ、大佐は女性経験豊富だし、女見たらとりあえず口説いてるし、そういう奴だってのは知ってるからあんたに言われたって何ともおもわねえよ」
「いや、あの」

 誤解だと手を伸ばしたら、今度ははね除けられた。

「他の人たちが言ってくれたら、そうかな、とか思うけど、中央じゃ誰も俺に声掛けないし、あんたが俺に言うみたいな適当な美辞麗句も全然言われないし、もうこりゃあ俺、すんごい不細工なんだ、どうしよう……っ!って」
 声を掛けないのは当たり前だ。
 ロイのお膝元でエドワードを褒め称えたりなんかしたら……以下略。

 心臓がばくばくと鳴り始めた。
 ……じつに拙い予感がする。

「た、大佐のまわりはいつも美人の女の人ばっかりで……」
 いったんは引いた涙が復活して、又エドワードは綺麗な雫をぽたぽたと漏らす。

「きょ、きょにゅう好きみたいだし」
「………え」

 脳天にクリティカルヒット。
 たしかにエドワードの胸は巨乳ではないが、別に胸がでかければいいと言う物ではなくてだね。

「だって、いつも浮気相手すげーでかい胸じゃんか!」
「いや、だって」
 ないよりはあった方がいいじゃないかと言えば、エドワードはますます泣き出す気がして、口をつぐむ。

「俺、十人見てきたんだぜ! 一生懸命研究したよ!」
 そこで、うう、と唇を噛んで、エドワードは気恥ずかしそうにベッドの上でこちらを見た。

「大佐の浮気相手、いつもレベル高くて。中尉に協力して貰って、写真見て、あのくらい綺麗なら幻滅されないかな、と思って旅に出たら勉強するんだけど、帰ってきて見せて貰う次の相手、又タイプ違うし綺麗だし、服装とかスタイルとか髪型とか、参考にするんだけど、もう次から次に綺麗な人で、頑張っても頑張っても追いつける自信がなくなってきて……」
「……」

 旅から帰ってくる度に、綺麗になると思っていた。
 爪を綺麗に磨いたり、髪も細くてさらさらで、それを今や自由自在に編み込んだりカールさせたり、三つ編みをしたりできるようになっていて。白い肌は日に日にしっとり滑らかに、服装はどんどんお洒落になった。
 だからロイは、情動を抑えるのがどんどん耐えられなくなったというのに。

 唖然と、ひたすら泣いているエドワードが、くらくらとロイの理性を揺らがせる。
 さきほどまでの、昏い思考は霧散した。

 目の前の少女はただ、ロイの為に美しくなろうと思っていただけなのだ。

(う……わ……)
 襲ってきた甘い情動に、飲み込まれそうになる。

 顔を真っ赤にして、エドワードは俯く。
「……だから、実験してみたんだ。ホテルに誘われてもいつもなら断るんだけど、喫茶店で声をかけた男に着いて行ってみて、本当に俺相手にあんなことする気になる男がいるのか、知りたくて」
「――――ちょっとまて」

 自覚のなさも此処まで来ると犯罪だろう。
 さっき自分でも言っていたが、この子。

 自分をとんでもないブスだと思いこんでいないか?

 なぜそんな馬鹿なことを思えるのだ。
 だって、どこから見ても君は綺麗で、艶やかな肌は生まれたての赤ん坊のようで、均整の取れたスタイルはいつも見惚れてしまうほどで、声を掛けてくる男の数はそれに正比例しているからであって、そりゃあ中央ではそんな馬鹿な奴はいないとしても……

「……あ」

 中央でエドワードは腫れ物を触るように男からは扱われている。
 なぜなら、ロイの過剰なまでの独占欲に巻き込まれたくないから、皆逃げるのだ。少し親しくしようものなら、私が聞きつけてそれなりの処置をするのだから、そりゃあ……
 誤解、するのも当然、なのか。

 ――――なんだ、つまり。

 ある意味私のせいなのか?

 思わず頭を抱える。エドワードはしゃくり上げながらも、続けた。
「男の人はその気になってくれたから、少しだけ安心してホテルを出たんだけど」
「まて、――――――――――まて!」
「ひゃ?」

 流石にその先は許容できない。
 がし、と両方の腕を掴んで近寄れば、少女はびくびくとロイを見上げた。

「その気って、まさか、エドワード」
「え? させてなんかねえよ! 俺確認したかっただけだし。男が服脱いでにじりよってきたから、ああ、俺でも欲情できるんだ、と思って安心してホテル出たよ!」
「……相手の、男は?」
「なんか、ぽかんと、してたけど」
「…………」

 良かった、筈なのだが、相手の男に同情した。
 追いかけるより先に、何が起こったか分からなかっただろう。

 はー、っと空気の全てを吐き出した。

 ――――――――――ばっかばっかしい。

 分かればこんな物か。
 こんなオチか。

「た、大、佐……」
 両方の腕を掴まれたエドワードがどう反応していいのか分からず、胸に抱きつく資格もないと思っているのか、それでも手を離せないのか、ロイの反応に戸惑って見上げてきた。

「……エドワード、君が私に抱かれるのは嫌だ、って言っていたのは、単に」
「…………だ、だめ、かな」

 彼女の涙は、止まっていたが、いつ又泣き出してもおかしくないくらい、儚げだった。

「まだ、足りないかな。…あんたが手を出しても、幻滅しない?」

(続く)