黒の祭壇

黒の祭壇

> TEXT > エド子 > Emptiness is conceived Ex > 2

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 ロイマスタングの恋人は美人である。
 さらさらと流れる金色の髪といい、白くて弾力のある肌といい、鍛えているせいで、すらりと筋肉のラインを見せる細い足といい、パーツが完璧な形で配置されたその小さい顔といい、連れて歩くと振り返る男どもの視線がいつも痛い。
 ロイが条件として課したのは

『自分が鋼の錬金術師だと言わないこと』

 という物だった。
 それもそのはず、名乗ってしまったら信じる人だっているかもしれない。フェアではないだろう?相手が自分で気がついてくれないと意味がない。と。
 ロイのかなり強引な説得にも素直な恋人はあっさり騙されてくれた。どうやらそんなの、いわなくたってどうせみりゃすぐ分かるだろ。とのことらしい。
 さすがに男とは誤魔化せないけど、男みたいなもんだしなー、なんぞと未だに己の魅力を理解していない発言をするので、ロイはいろいろ心配になるのだが、今回ばかりは信じたことのない神に感謝だ。
 司令部に来ていた頃に比べて、身長も伸びて、体型が丸みとくびれを帯びてきた。三つ編みおさげだった頃と違って、今は髪も降ろしているし、全体的にほっそりとしている。あの口が悪く暴れん坊だった少年と、今の可憐な少女が同一人物に見える奴がいるわけがない。何と言っても私だって数年前までまったく気がついていなかったのだし。
 己の勝利を確信して、ロイはひとしきりにやにやと妄想する。
 何をお願いするかはもう決めている。一緒に暮らしてくれ、と頼むのだ。
 大佐の家に女がいたらまずいだろ、とか言って、たまに遊びに来た時でも十回に一回くらいしか泊まってくれない薄情な恋人。
 一緒に暮らそうと言えば、「そんなことしたらみんなにばれる」とか言い出すし。
 ばらしてしまえばいいじゃないかといえば、口ごもる。
 だから、ロイとしてはエドワードが女性であるということがばれなかったらばれなかったで自分の願いは叶うわけだし、ばれたらばれたでエドワードが同居を拒む理由が一つ減るのでどちらに転んでもかまわないのだ。
 我ながらなんという完璧な計画だろうと自画自賛しながら、中央司令部にやってくるエドワードを待つ。
 お客様がいらっしゃいました、との連絡を受付から貰い、ロイは静かに立ち上がった。




 一人目。フュリー曹長。
「わあ、かわいらしい女性ですねえ。こんにちは」
「こ、こんにちは……」
 どう見てもアナタの方が可愛らしい感じではありませんか、と口から出そうになったが自分よりはるかに年上の男性に対してそれは失礼だろう。
「どうしたんですか、少将。今日は」
 ハボックほど警戒しなくていいのか、大佐は和やかに談笑している。気配りの良くできるフュリー曹長は俺にも話しかけてはくれるのだが、それはあくまでも客に対する態度、そのもので……
「じゃあ、仕事がありますので、これで」
  当たり障りのない会話をした後、特に興味も示さず曹長は重そうな機械を小さい身体でひょい、と抱えて出て行った。
「……君の負けだね」
 ぱたん、と扉が閉じられた瞬間、ぽつりと言われる。
 どうやら、一回戦目は大佐の勝ちのようだった。




二人目。ハボック中尉。

 なぜか俺を見た瞬間に、うさぎの耳が立ったみたいに全身硬直させて、直後にげんなりと肩を落とした。
「……少将~また新しい女性ですかー」
「また?」
 聞き捨てならない台詞を聞いて、耳がぴくりと動く。
「ち、違うぞハボック!最近私は女遊びしてないだろう!」
「そりゃそうですけどー。昔はいろいろ」
「ハボック。それ以上喋ったら減棒」
 隣の男はうっすらと慌てている。へーほーふーん。
 その上こほんと咳払い。ますます怪しい。
「彼女は西方司令部の軍人だ。今日は見学と旅行を兼ねて中央司令部を見に来たそうだ」
「はじめまして、ハボック中尉」
 なんでわかんねえんだ、こんなに分かりやすいのに!と内心愚痴ながらもにっこり笑ってみると、ぽりぽりと頭を掻いて、少尉はぺこりと礼をした。
「いやあ、少将もお忙しいでしょうし、よろしければ僕がこの後中央司令部を案内いたしましょう。綺麗なお嬢さん」
「おまえは仕事があるだろうが」
 不機嫌そうに言い放った上司は、優しく差し出されたハボックの手を叩き落とし、そろりとエドワードの手を掴んで踵を返す。
「少将の方が仕事あるじゃないっすか!ずるい!少将ばっかり!」
 ぎゃあぎゃあと背中に飛ばされる文句の声を綺麗にスルーして、大佐は俺を引っ張っていく。
 途中、なんだか不穏な言葉を聞いた気がするので、それは後でとっちめることにして八つ当たりをしておくにしても。
  ……二回戦も俺の負けであることには代わりがなかった。



  
  
 三人目。ファルマン少尉。
「私はファルマンと申します。失礼ですが、お名前は?」
 握手の為の手を伸ばしてきた、礼儀正しい細目の男性は、エドワードが想定していなかった問いを返してきた。
「彼女はエドナ曹長。昔東方司令部にいたこともあったらしいぞ」
 大佐があっさりとフォローを入れてきて、エドワードと言ってやろうかと思っていたのに余計なことをしやがる、とこっそり足を踏みつける。
 ファルマン少尉ににっこりと微笑む。らしくない微笑みなどしているから気がついてくれないのかと思ったが、だからって「おっす、ファルマン少尉」なんていったらさすがにまずい気もするし。
 少尉はその糸目でどこまで見えているのか分からないが、がっちりと握手を交わしてくれた後、ふうむ、と口に手を当てて考え始めた。
「東方司令部にあなたのような女性がいたならば、私の耳に入ってないはずがないんですがね……私も記憶力が衰えたのかもしれません」
「じゃあ少尉。ここ三ヶ月に大佐にかかってきた女性からの電話の回数覚えてる?」
「な……!」
「ああ、はい。全部で十人。電話回数は二十五回です」
「名前は?」
「はい。アルファベット順でいいますと、アディリシア、エイダ、エステル、オーガスタ…」
「ちょ……!エド!余計なことを!ファルマンも素直に答えるんじゃない!」
 後ろであわあわと声を荒げている男の慌てっぷりがむかつく。
 顔を前に向けたまま、鳩尾に肘鉄を入れてやったらおとなしくなった。
「ほら、ファルマン少尉の記憶力は衰えてなんかないよ」
 言えば、彼ははっと表情を改めたようだった。
「……本当ですね、やはり貴女は東方司令部にいたことのある方らしい」
「…………」
 笑みが引きつる。
 だから。どうしてそこで俺ってわかんないわけ?!
 腹いせに呻いている男の足をもう一回だけ踏んづけてやったがむかつきは収まらなかった。




 四人目。ブレダ中尉。
「はじめまして。ハイマンス・ブレダと申します」
「は……」
 びっくりするぐらい固い表情のブレダ中尉を初めて見た。
 茫然としたまま条件反射で手を伸ばして握手をする。
「はじめまして」
 思わず声色を伺うような感じで見上げてしまったのは、いつもの気さくな男とあまりに態度が違うからだ。
 今のブレダ中尉は、全身で俺を警戒して緊張しているのが分かる。
 大佐の方をちらりと一瞥して、それからこちらに向けられた視線は、ぶしつけではないものの、値踏みしているのが読み取れてしまうのは、長年のつきあいのせいだ。
 それもそうだろう。頭のいいブレダ中尉のこと。大佐に近づこうとする女性も男性も、調査の対象になるに違いない。鷹の目がいるからといって安心は出来ないのだ。男性の目で上司に近づく女性を見定めようとしている。
 当然のことだった。
 でも、がははと笑って頭をぐしゃぐしゃと掻き回してくれる姿を知っているエドワードには、全く分かって貰えず初対面の視線を向けられることが、…痛くて。
「……もう、げんこでガツンとやってはくれないのかな」
 ぽつん、と呟いた声は自嘲に満ちた小さい物で、ブレダ中尉には聞こえないみたいだった。



 ブレダ中尉と別れて、大佐と二人で歩く。自然、口数は少なくて、俺はといえば誰も分かってくれないこの現状にいささか落ち込み気味だった。
「げんこつはもう、無理だよ」
 と大佐が軽く俺の指に手を触れて言う。ゆっくり顔を上げて大佐を見たら、少しだけ男は表情を緩めた。
「もう、無理なんだよ鋼の。いいかげんに、諦めなさい」

 いつまでも子供のピーターパンじゃないのだ。こんな姿で歩いても、誰も俺と気がついてくれないくらい身体は変化してしまって、変わりたくないと駄々を捏ねているのは自分の心だけ。
 往生際が悪いよと、何度も大佐に言われた台詞。
 聞かされ慣れている言葉なのに、今日だけはなぜか、胸に刺さった。

(終わり)