黒の祭壇

黒の祭壇

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200609

「四月一日をもって、アメストリス軍はそのすべての権限を暫定議会に譲渡。同時に軍部は解体される」

 大総統が差し出してきた数枚の紙には以降、だらだらと全軍人の資格剥奪、退職金の支給かつ希望者の警官への優先的な雇用などの面白みのないかつそつのない文面が踊っている。国家錬金術師制度の廃止などのつまらない文章をばらばらと追いかけると最後に『戦犯への処罰』の項目を見つけて頭が痛くなった。
「……」

「もう私の印は押してある。議会の受け入れ体制は整っているし、どんなに文句をいっても無駄だぞ」
 黙っている俺に何を思ったのかこの男はさらりと言った。

「…この内容からいくとイシュヴァールやら人体実験やらの責任はみんな大総統が取るように見えるんですが?」
 ひらひらと紙を振りつつ言ってやる。男は両手を組んでこちらの目を見ると当たり前だろう。と念を押すように呟いた。

「私が最高責任者なのだから当然だ。一月後に裁判にかけられ処罰が決まる」

 己の命の事なのに男は淡々と予定のみを告げる。
 裁判にかけられたら極刑しかない。男はそれを望んでいる。

 頭をぽりぽり掻いてエドワードは溜め息を付いた。
 軍服を着てこいつの下に付いて何年だっけ?つくづくホークアイ少佐には感謝する。
 あの時こいつのこの考えを聞いていなければ今どんなに暴れてうろたえていた事か分からない。

「…分かってたのに腹立つな」
「?」
「あれから何年も経つのに今だに下の者だけは守るって考えは健在なんだな」
「…君。どうしてそれを」
「前聞いたから」
「…」
 罰の悪そうな顔をする男に、指を口に当てつつかわいらしく言ってやる。

「死ぬ気なんだ」

「…違うな。責任を取る気だ。その結果命を失うかもしれないと言うだけで」
「へ~。俺に又一人寝をさせる気なんだ」
「……」

 そう言う口撃が来るとは思ってなかったらしい。奴はあんぐりと口を開けた。

「後で手を放すつもりだったのに俺みたいな子供に手を出したんだ」

 嫌みったらしくトーンをあげて。

 ふて腐れたように言えば、男は少しうう、と詰まった。
「……すまない。それでも、どうしても欲しくて。本当は見ているだけにしておくつもりだったんだ。だが」
 気がついたらダメだと分かってたのに抱き締めていたと懺悔する男。

 謝ると言う事は気持ちを変える気はさらさらないということだ。どんなに文句を言ってもこいつはこの計画を実行するだろう。

「…三権分立を言い出したのは俺だったよな?」
「?」
「政治と司法は相互関与しない。独立している。あんたそのへんの裁定俺に任せてくれたよな」
「ああ…君がやりたいと言うから。助かったよ。君の出して来た制度は完璧だった」
 机を挟んで立派なイスに座った男は満足げ。
 …こいつは俺の手柄を自分の手柄のように喜ぶ。

「自分が印鑑押す書類はよく確認した方がいいぜ」

 ポケットに突っ込んだままだった紙を男に投げ付ける。奴が首を傾げながらそれを開く間に回り込んで奴の隣りに寄ると、机に腰を掛けた。

 見下ろした男はその紙の内容を食い入るように見つめている。
 その顔がみるみる蒼白になっていくのが楽しくてしかたない。

「…イシュヴァール虐殺に付いての責任問題はワイナリー条約をもって決着だと?」
 数年前に被害に合ったイシュヴァール人に対しての保護謝罪等を織り込んだ条例。
 作ったのは俺だ。
「ホムンクルスの件もこの前のサティア宣言を持って決着。これ以上責任問題追及することはありません。ちなみにこいつは数年前にもうあんた印鑑押してます。撤回には現司法最高責任者の許可が必要。俺だけど」
 にやにやしながら言えば男は唖然とこちらを見てなぜか赤くなった。

「き。君…」
「あんたの考えることなんてお見通しなんだよこの無能」
 このために素知らぬ降りして何年側にいたと思うのか。

「こんな文章あの時にはなかったぞ!」
「見逃したんじゃね?」

 嘘だ。俺が錬金術で最後の一枚をちょっとだけ加工したのだ。あの錬成痕に気がつかなかったこいつの落ち度。
 まあ、その前に山ほどどうでもいい書類に印鑑を押させて冷静な思考能力をなくさせたりはしたけど。

 ぱくぱく口を開けている大総統殿は、俺の微笑みがうさんくさいと思っているだろう。
 でもな、あんたのその、俺にだけ見せてくれる子供みたいな表情が見れなくなるのは、…嫌だ。
 ――――――――――だから。

「…一人で逝くなよ」

 そんなの、寂しい。

 だから多分俺の声はとても頼りないものになっていたと思う。奴は一瞬固まったように見えた。
「あんたの言うとおり上は下を守るのかもしれないけど一番上は誰が守るんだよ」
「…一番上は…守られなくていいんだ」
 男はぼんやりと下を向いて呟いた。どうやらまだ驚きから抜けきっていないらしい。

「違う。一番上は下が支えるんだよ」
 守れないけれど支えることはできる。
 そもそも組織なんてそうしてなりたっているんじゃないのか。

「支える対象が居なくなったら俺達も困るんですけど?」

 こちらを、男が静かに睨む。
「君が司法独立だけを先行して進めようとしたのはこのせいか…」
「だって、あんたがこれを言い出す前に司法だけは軍部の手から離しておかないと最後になにを言われるか分からないからな。ちなみに撤回には最高責任者の俺と、最高裁裁判官10人の全会一致が必要。できるもんならやってみろ」
 ちなみにその裁判官達は現時点では俺の子飼いに等しいので、俺の言うことに異を唱える訳がない。それを軍部解体までは、と許していたのはこの男だ。
 条約がなければ、さすがに裁判官もこの男に有罪の判決を下さざるをえなかっただろうが、これさえあれば、「すでに賠償は終了している」の一言で無駄な裁判は終了だ。 
 もともと、誰一人こいつに責任なんか負わせたくないのだ。回避できるなら多分、全力で理屈をこねまくるだろう。

 情けない顔をした男はただ呆然とエドワードの渡した紙を見ている。最後の最後で突然計画が狂ったのだ。放心するのも仕方ない。
 そんな恋人の頬に口づけを落としてやると瞬いた目がこちらを向いた。

「あんたの負け。俺なんかを選んだのが間違い」
 死にたくなっても死なせてなんかやらねえよ。ともう一度キスしてやれば男はらしくもなく赤い顔で。

 手を顔に当てると
「…完敗」
と呟いた。

(終わり)