黒の祭壇

黒の祭壇

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72(連載中)


「エドワード約束通り迎えに来たよ」
 二週間が経って、男はにこにこと笑いながら店先に現れた。
 枕を三つ抱えた俺は、髪の毛もぼさぼさで、生ゴミの袋を片手に抱えて、そんなロイを出迎える。
「なんだよいきなり。約束って?」
「二週間経ったら彼女を迎えに来ると決めてたんだ」
「え?」
 ぽかんとする俺の横を、シャーロットがすっと通り抜けていく。
 年頃の女性らしいいい匂いをなびかせて。
 彼女はロイの腕の中に収まり、こちらを振り返ると笑った。
「いろいろありがとうエド。又今度ね」
「彼女を守ってくれてありがとう。このお礼は又今度するから」
 同じく満面の笑みを浮かべるロイ・マスタング。
 仲むつまじくシャーロットと手まで握って、爽やかすぎる二人は、どこからどう見ても恋人同士だった。
 ではまた、と去っていく二人を呆然と見送る。手は力が抜けて、枕が手のひらから抜けていった――
 
 
 
 ――てなところで目が覚めた。
 隣の家の裏庭からの、バンバンという音が覚醒の目覚ましだ。
 布団叩いてる音だ。間違いない。
 天井はいつも通りの自分の部屋なのに、鼓動だけが恐ろしいくらい早い。寝てたはずなのに汗びっしょりで、全力疾走した後のように息が荒い。
「……なんていう……」
 考えないようにしてたら、夢になってみせるか。どこかで発散させないといけないように出来ているらしい。
 額に手を当てて、大きく呼吸した。
「はは……」
 何を不安がってるんだ。あいつが用があるときしか来なくなったからって、なんなんだ。
 いなかったときに比べたら。マシなはずだと、分かっている癖に。
 一瞬だけ自分の側にいてくれただけ。分かってるだろう。
 なのに――どうしてだろう、酷い真綿でくるむような拷問の日々だった。
 考えないようにしても、見ないようにしても、夢に再生されるなら、どう逃げればいいのか。

 シャーロットはいい子だ。
 俺なんかと友達になりたい、とまで言ってくれた。なのに、彼女をロイが連れてきたと言うだけで、心から少女を信じることが出来ない。
 あの子は、俺のところからロイを連れて行ってしまうんじゃないだろうか。
 なんて、もともとその前からこの店に寄りついてもいなかった人間のことを考える。
 壁に掛けてあるカレンダーを見ようとしたら、目蓋が熱かった。
「今日で、二週間、か……」
 話通りなら、今日あいつに会える。
 迎えに来る。シャーロットはロイに連れられて軍に戻るのだろう。
 そして、あの夢のような光景を、ひょっとして俺は見るんだろうか。
「あ、白髪……」
 ぼさぼさの金髪の中から、一匹、反抗的な白髪が出ている。捕まえて引っこ抜こうとするのに、なぜか手が震えていた。
『友達になりたいな』
 そういえば、あの少女の言葉に、俺はまだ返事をしていなかった。
 
 
 
 夕方になった。
「なあ、おっさん、いつ迎えに来るって言ってた?」
 自分の横でシーツを畳んでくれているシャーロットに聞く。彼女はふるふると首を横に振った。
「時間までは聞いてない。二週間後に来るって」
「ふーん……。夜になると忙しくなるから、出来れば早いほうがいいんだけどな」
 そう溜息をつくと、シャーロットは、あはは、と笑う。
「早く会いたいならそう言えばいいのに」
「………なっ!」
 がつんと殴られるような衝撃的な言葉に、慌てて顔を上げると、にやにや笑いのシャーロットがそこにはいた。
「顔真っ赤よエド」
「…………」
 からかわれているのだとさすがに分かる。女は怖い。隠してるつもりでいたのに、この顔は完璧に気づいている。
 思わず恨めしそうに睨みつけた俺に、シャーロットは頬に手を当て、ますます調子に乗ってきた。
「変な客に水ぶっかけて追い返したり、黙々と食事作ってたり、帳簿と睨めっこして唸ってたりする姿ばっかみてたけど、そんな顔するのねエド」
「……悪かったな」
 長い経験で知っている。女には勝てない。
 つまり、今更違うと言い張っても意味がない。
 だからエドワードはあっさりと諦めた。恨み節くらいは言わせて欲しいが。
 今日の夢思い出して嫌な気持ちになってくる。
 あ、やっぱ正夢だったりするのかも。そんな牽制しなくても誰も取るわけねえだろ。
「でも、やっぱバレバレなのか……」
「ああ、いや、そうでもなかったんだけど」
 心の中の声が、口に出ていたらしい。いきなり声が帰ってきて、耳を疑った。
 彼女はぽりぽりとばつが悪そうに頬を掻いている。
「なんだよ、知ってて笑ってたんじゃないのかよ」
「まさか。アレ、なんか私誤解されてる?」
 からかっていたシャーロットの表情が、まずい、といったものに変化し、エドワードは眉を寄せた。
「え、ええとね。私がここに預けられる前にね、エドのことマスタングさんからいろいろ聞いてたって話はしたでしょ?」
「あ、ああ……」
 小さいときに預けられたとか余計なことを喋ってくれたのは覚えている。
「私、すっごい釘刺されてさ。エドに惚れないように、って」
「――へ?」
「そんなこと言ったって、私だって年頃の女の子なんだから、マスタングさんのいうように綺麗で強い男の子いたらわかんないですよ! って言ったら……なんか、むちゃくちゃ怖い顔になったんで何も言えなかった」
 その時を思い出したのか、シャーロットは遠い目をする。
「アレはダメね。エド諦めた方がいいわよいろいろ」
「何を……」
「まあ、そんな心配もする必要なさそうだけど。本人に聞くのが一番じゃないかな。この日のためにマスタングさん、寝る間も惜しんでたんだから――あ、そろそろかも」
 そう言ってシャーロットが壁の時計を見た。

 時刻は六時。
 彼女はシーツを抱えて起き上がる。
「これ倉庫に持って行ってくるね。又後でね」
「あ、ありがと……」
 なんだそれどういうことだと聞く前に、彼女はさっさと部屋を出て行く。
 一人取り残されたエドワードが、シャーロットの言葉をぐるぐると考え始めて一分もした頃、やっと、ロイ・マスタング到着の知らせが入ってきた。

(終わり)