34(連載中)
男の言葉は嘘ではなく、本当にすぐに終わった。
脱がされた服を放り投げられ、布団の上で裸のままのエドワードに上から着物が降ってくる。
「着ろ」
「…………」
言われなくともそのつもりだったので、のろのろと腕を袖に通す。
ハクロは、盛大な溜息をつき、キンブリーは隣でしれっと感情の伺えない表情を浮かばせ黙っていた。
「やっぱり男か……おかしいと思った」
ハクロは、部屋の壁に背を凭れると舌打ちをする。
すいません、などと絶対言ってやる物かと、エドワードは唇を噛んだまま、視線を明後日に逸らせた。
「どうして、女の振りをしていた。脱がすまで全く気がつかなかったぞ」
ハクロは今度は、唾を飛ばしながら責めてきた。
気づかない、などと言われ盛大に凹む。
「いろいろとそのほうが都合がよくて」
やけくそになって固い声で言うが、不興は買わなかったようだ。ハクロは、また盛大に息を落とした。
「この前おまえが倒れて抱きかかえたときに、なんか、おかしいと思ったんだ」
「胸がぺったんこだったと素直に言えばいいではないですか」
隣で黙っていたキンブリーがさらりと言う。ハクロは、ぶつぶつと愚痴た。
「だって、ただ胸がない女だったらかわいそうだと思ったんだ!」
エドワードはハクロの口から出てきた、妙な言葉に思わず目をぱちぱちしながら、と男を直視する。
「……かわいそう」
「いや、おまえが店に出ずに働いてるのは、ひょっとして胸が余りにないからだったりするなら、気にしているかもしれないから聞けないだろう!」
「だからって、いきなり呼びつけて、部屋で服をむしり取る方が私はよっぽど酷いと思いますがねえ。ごらんなさい、彼はすっかり怯えてしまってましたよ」
などと、力の限り抵抗していた俺をあっさり布団に押さえつけ、服をむしり取ったはずのキンブリーは、今更エドワードを哀れそうに見る。
冷静になってくると、だんだんとこの目の前のおっさんに怒りが沸いてきた。
「……えっと、つまり、俺がこの部屋に連れてこられて服を脱がされたのは、男かどうか確認したかったと……」
「そうだ」
「だったら最初から聞けばよかったじゃねえかー!」
思わず枕をハクロに投げつける。慌てたハクロは一応軍人らしくあっさりキャッチしたところで我に返った。
やば……!
一応支配人の男に怒りの余り枕を投げるとか、使用人として今の行動はまずすぎる。
思わず腰が抜けそうになると同時にどうやって言い訳すればいいかを必死で考えるが、ハクロは頬を膨らませながら枕を抱えて、肩を落としただけだった。
「言って素直に応えるとは思えませんがね」
「……」
隣のキンブリーは相変わらず絶妙のタイミングで嫌な点をついてくる。
「それ以外にもすこし違和感はあったんだ。女のくせに、米俵平気で抱えるし。洗濯物も普通の女の三倍は持って歩くし」
ハクロは、エドワードの反乱にも特に機嫌を悪くしなかったようで、違和感をつらつらとのべ続ける。
「布団を何個も抱えて階段を駆け上がる姿は、見た目だけはかわいくても、明らかに女とは思えなかった……」
「つまりあなたはやり過ぎたんですよ。いくら容姿を女性と偽っても、体力面が違う」
キンブリーに指摘され、エドワードは今更己の失態を知る。
あいつに言われていた通り、毎日の自己鍛錬は怠っていなかったが、そのせいで、筋肉は鍛え上げられすぎていたようだ。
「だってめんどくさいし時間ないし、少しでも早く仕事終わらせようと思ったら一回で多量の荷物抱えるに決まってるじゃねえか」
「そう、そこだよ私が言いたいのは!」
思わず本音が口を突いて出たエドワードをびしりと指さし、ハクロは鼻息を吹き出した。
「……は?」
「そもそもおまえがこの前倒れた原因は何だ。過労だ。なんで過労になったか。忙しいからだ。それもそのはず、今のところ経営はおまえが一手に引き受けてるからな」
「……はあ」
ハクロにしてはまともなことをいうので、驚いた。このおっさんでも論理的思考というのが出来たようだ。
ハクロは自分でも立派なことを言っていると思ったのか、自分で言いながら自分で頷いている。
「そこでだ! 今日キンブリーを連れてきたのは他でもない。おまえ一人に経営を任せていたからこんなことになったからな。これからは彼と一緒にこの店を切り盛りして貰う。これでもう過労で倒れることもあるまい! 優しい私に感謝するんだな」
鼻息を荒く胸を張っているハクロは己の行動に酔っているらしく、しかもその隣では相変わらず食えない表情でキンブリーは静かに茶を啜っている。
部屋の外ではハクロの叫び声に驚いた駒鳥が飛んでいく羽音がした。
今、なんといったかこいつは。
俺だけじゃなくて、この隣の、どう見ても人五人くらい殺してそうに見えるただならぬ気配むんむんの男と、いっしょに、だと……
頭の中で時計の音がコチコチと鳴り、秒針が三十くらい進んだところで、やっと現実が頭の中に入った。
「――――――――――ええええ?!」
小さな親切余計なお世話。
小物で、根っから悪い奴ではないただの経営者は、満足げに頷いていたが、馬鹿は動かないでいてくれるのが一番いいのだと、誰もハクロに教えてくれる人はいなかった。
(終わり)
