66(連載中)
権力と知恵。
この二つを持ち合わせている人間が、どれほど恐ろしい物か、それから数ヶ月の間、エドワードはひしひしと実感する。
あれから、エドワードが店に立つことはなくなった。
ロイが絶対に許さなかったのだ。
これにはハクロが文句を言うかと思ったら、そんなことはなかった。
ロイ・マスタングは戦争終了後、ハクロよりも高い地位になっていた。軍とは階級社会だ。自分より高い地位の人間が、「アレは私の物だから、店に出さないように」と言えば、仰せのままに、とあっさり言い放つのだ。
「……多分。ハクロのおっさん、次はあんたに取り入ろうと思ってると思うぜ」
「そうだろうね。彼はいつでも大樹の陰にいる」
斑鳩の間で、軍服を脱いで寝転がった男は、持ち込んだ書類にサインをしながら、そう呟く。
「何か言われたかい?」
「レイブンがダメだったけど、ロイが拾ってくれてよかった。夢中にさせて、わしのことを売り込んでおいてくれって言ってたぜ」
「……夢中になっているのは認めるが、君を店に出した張本人に対して、私が何も思わないと思っているのが相変わらずだな」
「……」
ロイはこうして時々恥ずかしいことを言う。
あれから、時々彼はこの店に遊びに来るようになった。
俺は相変わらず雑用をしているのだが、奴が来ると姉ちゃん達が黄色い悲鳴をあげるのですぐわかる。そういや前もそうだったな、なんて思う。
火鉢に乗せている薬缶から湯気が出てき始め、エドワードはお茶を入れる。
「まあ、今は好きに言わせておきなさい。このままで済ませるつもりはないから」
それより、おいで、と言われて、布団の隣をぽんぽんと叩かれる。
添い寝しろといわれているのは分かったが、お茶が冷めてしまうな、なんてちょっと思った。
でも男は最近いつも幸せそうに笑うので、その顔には絆される。
隣に寝転がると、ロイは人をきついくらいに抱きしめて、散々髪の臭いを嗅いだ後、そのまま寝てしまう。
これもいつものことだ。
あんな激しい接触は最初の日だけだった。
そういうこと、したくないのかな、とか思ったりもするけど、恥ずかしくて聞けやしない。
抱かれたのがまるで遠い昔のようだ。
気がつくと、隣の男から小さな寝息が聞こえてくる。
腕の中から離れて、ゆっくりと起き上がるが、奴は目を冷まさない。
未だに夢を見ているようだ。何年も離れていた相手が、自分の隣で無防備な顔して寝てるなんて。顔を見ているだけで、胸の奥にぬるま湯みたいな暖かさが広がるのだから、現金にもほどがある。
『君の側だとぐっすり眠れる』
いつもあいつは、起きたときそう言う。
「うん、俺も」
一緒にいるといっても、短い時間、二人して添い寝してるだけなんだけど、何時間も喋るのと同じくらい楽しい。
もう一度横になって、ロイの顔を眺めながら、手を握った。
……なんとなく、こいつは、今、身体と心を平和な日常に戻そうとしているんじゃないかという気がする。
戦場が、正しい世界だと勘違いしないように。
突然の環境の変化についていけない心を無意識に慣らそうとしているから、こんなに疲れて、いつも寝てるんじゃないだろうか。
「眠い……」
どうしてだろ。俺もいつも、こいつといると眠くて仕方がなくなる。同じくらい、ぐっすり眠れるのも奴の側だけなんだけど。せっかく最高睡眠安定剤が隣にいるんだから、使え使えと脳が命令しているのか、毎回意識がぼんやりとしてくる。
眠りに落ちていくのを幸せだと思ったのは、何年ぶりだった。
胸の風通しがこんなによくなって、空気が美味しいのも、数年ぶりだった。
――そして、その日を境に、ロイは又、姿を見せなくなったのだ。
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(終わり)
