黒の祭壇

黒の祭壇

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48(連載中)

ついでに店の買い物をしてから、帰路につく。
 不思議と、あまり落ち込んではいなかった。
 会えるかもという期待が、落胆に変わったのは確かなのだが。
 買った林檎を歩きながら食べつつ、数時間前の事を思い出す。

『又いらっしゃい』

 店を出るときに、マスターはそう、軽く声を掛けてくれた。
 一瞬ぽかん、としたエドワードを見て、マスターは又、柔らかく微笑んだ。

『お待ちしております』
 丁寧なお辞儀とともに小さい喫茶店を追い出され、エドワードは、扉の外にしばし突っ立ったまま、言われた言葉を反芻していた。 ……そうだ、又来ればいいのだ。
 来ようと思えば、一日一時間か二時間程度の時間は作れる。
 買い出しに行くついでにここの喫茶店まで来ればよいだけだ。
 時間は不規則になるかもしれないが、軍人だって不規則な勤務態勢なのだから問題ない。
 気付けば、さっきまでの落胆など消えた。
 チャンスが一度きり、なんてどうして思っていたんだろう。
 毎日通えば、いつかは数秒程度の遭遇があるかもしれない。
 林檎を放り投げ、キャッチすると、甘い林檎を又頬張る。
「明日も行くか」
 毎日は無理でも、軍は逃げないのだ。いつだってどこだって行ける。
 あのマスターには感謝しなければいけない。うちの割引券でもあげたいくらいだ。


「ただいまー」
 やっとたどり着いた、自宅兼仕事場の扉を開けて、裏口から入る。
 裏口だから迎えてくれる声はないが、これは習慣のようなものだ。
「おや、お帰りなさい」
「げ」
 だが、ないと思っていた返事が返ってきた。顔を上げ、そこで表情筋だけ笑顔を取り繕う細目の男を見て、顔を引きつらせる。
「どこに行っていたんですか?」
「……買い物に」
 キンブリーは、そうですか、と軽く呟くだけでそれ以上追求してこなかった。
 内心安堵しながら、買ってきた食料や生活必需品の入った紙袋を、テーブルに置く。
 内心、買い物にしては長かったですねとか突っ込まれたらどうしようかと思うと、心臓が少し鼓動を早く刻んでいたが、気取られるわけにはいかないので、買ってきた物を袋から出す作業に集中する。
 キンブリーはそんなエドワードの様子を、やはり観察するようにじろじろと見ていて、もういつものことだと分かっていても、首の後ろがちりちりするような不快感がある。
 こいつは、俺を全く信用していないのだ。いつでも、隠れてこっそり何かをしているのではないかと疑っている。

 ――そして、その勘は正しい。

 だから嫌いなのだ。
「その荷物の片付けは、他の人にやらせて、君は早く斑鳩の間に行きなさい」
「え?」
 キンブリーは、しっしと追い払うように手を振ると、エドワードを見下ろし、告げる。
 どうして斑鳩の間に行かなければならないのか、と不信感満載のエドワードへの答えはすぐにでた。
「レイブン将軍が待っています」
「……」
 ――最悪だった。
 
 
 

 奴の好むような豪奢な着物も今は着ていないから、髪も結ってないし、と適当に抵抗してみたが、そんなのは必要ない、とかあっさり言われ、台所を追い出される。
「しまった……」
 思わず廊下に座り込む。
 レイブンは俺の常連客、というか、実質的な俺の主のようなものになる。
 エドワードの料金は法外な値段だが、レイブンだけは格安なのだ。そのことは、店の中では周知の事実であり、誰もどうにも出来ない。
 この店は、やろうと思えば、レイブンの指一本で簡単に潰れる。実質的な権利はハクロにあるとはいえ、ハクロはただのレイブンの傀儡だ。レイブンが右、と言えば右、というし、エドワードを追い出せ、と言われれば追い出すだろう。
 ハクロやキンブリーが目の上のたんこぶである俺をここに置いている理由の一つが、レイブンのお気に入りであるから、ということに他ならない。
 あの男に媚を売れるような性格ではないので、いつも文句ばかり言っているのだが、レイブンはそれがまた好みらしく、べたべたとしつこい。

「来るなら連絡しろよ……」
 何も用意をしていない。服とか、そんな物ではない、もっと根本的な用意をしていないのだ。
 行き当たりばったりで挑むしかない。
 それに、今更何かをしようにも、先に部屋に奴が入っている以上どうしようもなかった。

(終わり)