黒の祭壇

黒の祭壇

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14(連載中)

 食事はとてもおいしくて、どうして自分の胃袋にはこれ以上入らないのかと泣きたくなった。十日分くらいの胃袋を今ここに召還してため込めないだろうか。
 アルフォンスがもう少し大きかったら、この硬そうな肉だって食べさせられたのに。
 美味しそうなデザートを目の前に悩む俺に、おっさんはアルフォンス用に、と言って小さい折を店員に頼んで、作ってくれた。
 それだけであっさり機嫌が直るのだから自分も現金だ。
 ほくほくと嬉しそうな自分を男はいろいろなところに連れ回した。
 
 そして、一気に機嫌は急降下。
 
「あの料亭は、裏では軍部と繋がっている。軍部を批判するような台詞はあの店の中で吐かない方がいい」
「あのホテルは、第三日曜日には、政府高官が集まって秘密裏に打ち合わせをしている。クーデターを目論んでいるという噂だね。あのホテルに第三日曜日に集まる人間には気をつけた方がいい」
 車で連れ回される間、そんなことばかり男は言っていた。
 エドワードは助手席でおろおろとしながら、言われた建物とロイの顔を往復して見る。
「なんで、おっさん。俺にこんな事教えてどうするんだよ」
「後で教えてやるから、今は覚えなさい」
「でも」
「覚えなさい」
 男はにべもなかった。
 食事をしていたときはあんなに楽しかったのに、今は不安ばかりだ。こいつにとってはこれも勉強の一巻なのだ。おそらく。
 一緒に遊ぶ、って言ってくれたから少し嬉しかったのに。結局、勉強だったのか。
 勉強は、嫌いじゃない。嫌いじゃないけど……。何故だか楽しくない。
 ちくちくと胸は痛んだが、そんなことを文句言う筋合いもないので、黙り込むしかない。
 だいたい、こんな場所、おそらく俺なんかが二度と来ることはないだろうに、覚えてどうするんだ。俺が政治のなんたるかを知ったところで何の役に立つ。
 窓の外を通り過ぎていく建物に対して、後ろから、あれは、これは、と説明の声が聞こえてくる。
 男は、単純にエドに知識を与えてくれた。それを怒ることなんて出来ない。遊びに行くからと浮かれていた自分が馬鹿なだけだ。今日はただの課外授業だ。だってあいつは教師で俺は生徒みたいなもんで。奴にかかればどの場所だってただの教室になるだけだ。
 課外授業という言葉を覚えたのも、ロイが教えてくれた本にあったからだということに気がつく。
 言葉にならない脱力感が襲ってきた。
 あんなに期待するなと思っていたのに。
 期待しちゃ駄目だろと言い聞かせていたのに、いざとなったら落胆してるってどうなんだよ俺。
 車が止まる。
 よぼよぼと顔を運転席に向けたら、男は苦笑しながらこちらに手を伸ばすところだった。
 
「……すまないね」
 頭を撫でられる。
 こちらの不機嫌も落胆もお見通しらしい。
 さっと頬が赤くなった。みっともない感情に気づかれたのだ。恥ずかしい。
「君とこうして、何も考えずに遊ぼうと思っていたのに、こんな機会が二度と無いかと思うと、ついつい欲が出て」
「欲?」
「降りようか」
 言って、男はドアを開ける。
 そこで初めて車が公園の駐車場に止められている事に気がついた。

(終わり)