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「五月五日までに絶対に東方司令部に顔を出すように」
いやだ、と俺は言ったんだ。
「いやだは聞かない。これは、上官命令だ。こなければ君の銀時計は返却して貰う」
なんで、と思うだろう流石に。
「…大切な用がある」
一音下げて、そう言われれば、えー、と思いながらもyesと返答するしかない。軍の狗とは、そういうものだ。
とはいえ、大切な用だ、と大佐に言われれば、それなりにきんちょーして軍部に向かうだろう。普通。
なにかの重要な任務かもしれない、とか。
とうとう戦場に行け、と言われるのかもしれない、とか。
俺とアルがなにかまずい事になっているのかもしれない、とか。
まあ、ようはその程度の覚悟をして行ったわけだ。
そしたらさ、にこにこ笑った上司は執務室にこんにちは、と一応挨拶をしながら現れた俺達に、
「やあ、やっぱり全然育ってないな鋼の」
なんて、ぶち切れる台詞を吐いてくれたわけですよ。
だれが貝割れ大根みたいに小さいか、と掴みかかろうとした俺をアルがはいはい、といいながら抱えて止める。
脇の下を弟にひょい、と抱えられ足が地上から離れた。
じたばたと暴れて、その拘束から抜けようと頑張っている俺の目の前で、大佐はじい、とそんな俺達を見つめていた。
いつもなら見上げなければ映らない顔が真っ正面にある。
「…なんだよ!」
「いや、別に」
別にという顔ではない。
抵抗が収まったためか、アルフォンスが俺をすとん、と地面に下ろす。
執務室のつるつるだけれど質のいい床に降りたって、今度は大佐を見上げた。
「で、大切な用ってなんだよ」
「ああ、それなんだが」
男は引き出しを開けて、がさがさと音を立て始めた。
大佐の机ににじり寄れば、その書類だらけの机の上にちょこん、と奇妙なオブジェがあるのに気がつく。
「………?」
大佐は未だ書類を引き出しから漁っている。
思わずそのオブジェをつんつんとつついてみる。木の小さい台の上に突き刺さった棒に3本の横長の旗が立っている。
旗のくせに目があって口がある。どうみても魚だ。
くちをあんぐりあけた魚が3匹そよそよと泳いでいるオブジェ。紙ではなく、布製で、空洞の筒になっているその布に 一本の鋼のワイヤーが絡みついており、それが重力に逆らい真横に鯉たちを泳がせているのだ。全長10cmほどで、掌に乗るだろう。
「ああ、これだ、鋼の」
泳ぐ変な鯉のオブジェから目を離して、べん、と目の前に突き出された紙に目を通す。
「…宝探しイベントのお知らせ」
「そう。明日この町でやるんだ」
「ふうん、それが?」
「君たち兄弟は参加決定だからな。もうメンバー登録してあるから」
「――――――――――はあ?」
男はなんの笑顔も見せずさも当然のように言うと、呆れた俺の声を無視して、まだ机の上を漁り続ける。
「ええと、これがNoで、参加証だな。別に持ち歩かなくても君の場合は問題ないだろうが、番号は覚えておけよ」
続いて突きつけられた紙はアルフォンスへ向かった。俺が受け取らないと予測していやがるらしい。
「大佐、なんですか、これ。面白そうですね」
冗談じゃねえ、と喉まで出かかる俺の横でアルフォンスが幸福の音符を天井に飛ばしながら、大佐に質問する。
「ゲームだ。面白いと思うぞ。君たちぐらいの年齢の子がたくさん出る」
「……なんだ、それ」
「ほら、これが宝物の一覧」
矢継ぎ早に紙が押しつけられる。
アルフォンスと二人で覗くと、そこには1~50の番号の横に様々な商品の名前が並んでいた。
「1.トイレットペーパー一年分、2.名匠ケスラーのティーセット3.おもちゃ券50000センズ分…ってなんじゃこりゃ」
そんな調子でずらずらと50まで多分商品の一覧なの(だろう)が並んでいた。
大佐はくるくると万年筆を廻しながら、椅子に凭れる。
「明日、祭りなんだよ。住民参加型の一大イベントだ。で、祭りの催しの一環としてだな、会場となる広場周辺1km以内で合計五十の品物を争奪する宝探しゲームをやるわけだ。隠すのは私たち軍人で、探すのは市民だ」
「へー」
感心する弟。見えないが、多分目はきらきらしているだろう。まだまだ子供の弟はこういう催しが好きである。
「…まあ、たまには市民達へのイメージアップも必要でね」
「で、なんで俺達がこれに出るわけ」
正直そんな暇があれば文献の一個でも読みてえよ、と言えば、隣で弟がえー、と言った。
「君もまだ子供なんだからたまにはこういうのでも楽しめばいいだろう」
「子供じゃねえよ!」
なんだか大佐に子供と言われると無性に腹が立つ。事実この男にしてみれば、子供なんだろう、その通りなのが嫌だ。
「その、品物の十三番目を見ても、そういうことを言うかね」
ちょいちょい、と指さされる。瞳にはからかうような、勝ち誇ったようなものが載せられていて、ちょっとむかついたが、素直に覗き込んだ。
「ディーターの図書館の本一冊貸し出し券…――――――――――え」
「これって、ダアトの?」
背後から見ていたアルフォンスが、慌てて大佐を見る。
にやにや笑った意地悪上司は、ふふーん、と言った。
うわ、なんだその嬉しそうな顔。
「そうだよ」
「番人がいたのか?!」
「ははははは、ノーコメント。私に何が見たいか伝えてくれたら一冊貸し出すぞ、それこそ人体錬成でも、なんでもな」
「…ってえかなんでそんなツテあんだよ!」
「蛇の道は蛇。…さて、これでも出ないなら、別に構わないけどね。十三番目は倍率高いぞ。なんせ東方にすむ人間しか参加資格はないからな。だがこの本欲しさに住民票移した錬金術師もいたし」
思わず机に飛び上がると、大佐の胸ぐらをがし、と掴んだ。
「てめえ!番人しってんなら教えろ!」
(終わり)
