1
夜中にふと目が覚めたので、ついいつものくせで目を閉じたままベッドの隣を探ってみる。
いつもならばそこには暖かな人肌と、小さな吐息があるはずなのに、ロイの手はシーツに沈み込んだ。
ぱちり、と瞳を開けたのは違和感故。
「……鋼の?」
少しだけ冷たいシーツの感触と、ほんの少し前まであったはずのぬくもり。
むくりと起き上がって部屋を見渡すが、恋人の姿は見えなかった。
「……帰ったのかな」
ぽりぽりと頭を掻く。
街から街へと渡り歩く彼ら兄弟と会える機会はあるようで少ない。
だが最近は弟に関係がばれたこともあって、イーストシティに来た時にはだいたいロイの家に泊まってくれるようになっていた。
だから朝までいると思いこんでいたのだ。昨日エドワードは何も言っていなかったし。最近、朝までいてくれるのを良いことに遠慮なく抱くようになってしまったから、嫌になったのかもしれない、とか後ろ向きなことを考える。
「やりすぎたかな」
パジャマを着ながら己の所業を思い返して唸る。
今夜は久しぶりだったせいもあって、貪りすぎた気もする。
でも、あそこまでやったら逆に出ていけるはずがないのだが。
少なくとも明日の昼までは腰が立たないだろうに。
(……いや、だからそれがまずいだろう)
とりあえず、階下に降りて水でも飲みながら反省するか。
溜息をつきながらロイは寝室の扉を開ける。ついでにリビングに彼の荷物があるかどうかを確認しよう。ひょっとしたらまだいてくれるかもしれないから。
台所に電気はついていなかった。
一階のリビングか風呂にでも電気がついているならば、彼が帰っていないと思えたのだが、ここまで真っ暗だとその可能性は低いだろう。
がっかりしながら立ち入ろうとした台所の入り口で立ち止まる。
中から人の気配がした。
エドワードだろうか。だがこんな真夜中に真っ暗闇の台所にいる必要性がない。台所に用があるなら電気をつければいいのだから。
泥棒、の二文字が頭に浮かぶ。その割には殺気だった気配はない。発火布はないが、本当に泥棒だとしてもこの腕一本あればどうにかなるだろう。
一応指を鳴らして身体を半分覚醒させるとぱちん、と電気をつける。
寿命が近い電灯はちかちかと点滅を繰り返しながら光を放った。
「ん?」
そんな台所に響く小さく不思議そうな声。そして床に座ったまま何かを頬張っている金色の恋人。
「……なに、やってるんだね君」
真っ暗闇の中、明日の朝食にしようと思っていたパンを頬張っていたのは、帰ったとばかり思っていた金色の子供だった。
見られるとは思っていなかったのか、呆れた顔して見下ろすロイをびっくり眼で見ていたエドワードは、数十秒してだんだんと赤くなった。
「な、なんで大佐」
声色と表情に羞恥が見える。それはそうだろう、床に座ってパンを貪るなんて、欠食児童もいいところ。ロイは思いっきり呆気に取られていたのだから。
「何でもなにも。ふと目を覚ましたら隣に君がいないから」
「だからってわざわざ探しに来なくてもいいだろ!」
耳まで赤い子供は、かわいいけど面白い。
あんまりにも面白いので叫ぶ子供をじーっと凝視していたら、どうやら沈黙の非難だと捉えられたらしい。聞いてもいないのに言い訳してくれる。
「だって腹減るんだもん」
「……夕飯は食べただろう」
「あんたがあんなことしなきゃ俺だって夜中に飯なんかくわねえんだよ!」
逆ギレして怒鳴るエドワードは俺のせいじゃねえよ、とか呟いてぷい、と顔を背けた。 つまり、彼は夜中に運動をさせられたせいで腹が減るという事らしい。
「そういえば、君が泊まった次の日に、なぜか買い置きしていた食パンの数が減っていたりしたような」
「あーあーあー! 俺ですよ! 悪かったな!」
「……」
ダメだ、もう限界だ。
とうとう大笑いをしはじめたロイに、エドワードはかなり機嫌を害したらしい。食パンを手にしたまま立ち上がってロイの横を通り抜けてしまおうとした。
だが、すぐに足下が崩れて、ロイにぶつかる。
「い、…た!」
「こらこら、足腰が立たないみたいじゃないか」
「だから誰のせいだと…!」
倒れ込んできた小さい身体を抱きしめて宥めるが、一旦へそを曲げた子供は素直になってくれそうにない。相変わらずの乱暴な口はますます快調だ。
この小さい唇を塞いでしまえば、すぐにロイにしなだれかかって可愛い吐息を漏らしてくれるのが分かっているから悪口も罵詈雑言もロイには気持ちのいい子守歌で。
「座っていなさい。私がなにか作ろう」
「え?」
椅子を引いて、力がまだ入らないエドワードをすとん、と下ろす。
パジャマのままあっさりと座らされたエドワードが戸惑いがちにこちらを見つめた。
「なに? どういうことだ?」
「私が何か作ってやろう。君はそこで待ってなさい」
パジャマの腕をまくって、冷蔵庫を開けた。後ろのエドワードの気配は眩惑している。
それでも帰ろうとしないのは、腹が減っているからなのか、ロイの行動が気に掛かるからなのか。どっちでもいい。たまにはこうして、情事の後一緒に台所にいるのも楽しいじゃないかと思いながら振り返って微笑めば、エドワードはなぜか肩を竦めるようにして視線を逸らした。
(終わり)
