13(連載中)
喜んだのは俺より館のお姉さんたちだった。
「せっかく元がいいんだから今着飾らなくてどうするの!」
なんぞと目を輝かせてにじり寄ってくるなんて想像もしておらず。
それでもお世話になっているからとある程度我慢していたが、このままでは見事に女の子にされそうな気がして、着付け地獄から這々の体で逃げ出した。
「あの子らはあんたをかまいたくてかまいたくて仕方ないんさね」
逃げ込んだピナコばっちゃんの部屋で愚痴ったら、ばあちゃんはエドの髪を梳きながらカラカラと笑った。
「だって。姉ちゃんたちがおっさんと遊びに行くわけじゃないのに」
「だからだよ」
「?」
「これで声を掛けられたのがこの店の女の子達の誰かだったらどろどろしちまう。あんただからみんな素直に嬉しいのさ」
「……わけわかんね」
ばあちゃんとは生きて来た年数が違うので、時々こうして理解できない言葉を聞くことがあっても仕方がないのだ。溜め息を付くとばっちゃんは笑った。
「……あの男は頭がいいから」
「?」
「絶対にこの店の女の子に手を付けることはないだろうね」
その理屈で言うと頭のいい男はすべて女に興味が無いということにならないだろうか。
そう言えばばあちゃんは「まだ子供だねえ」と言って笑った。
男が要求して来たのは、エドを一日外に連れ出して一緒に遊ぶということだった。
「おっさんのくせにこんなガキと遊びたいだなんておかしいんじゃねえの?」
待ち合わせ場所にすでにいた男は、開口一番そんな文句を投げ付けた俺に薄く微笑んだ。
「普段ぎすぎすした世界にいるからね。君はそういうのと無縁な世界の象徴だから」
つまりは癒されるんだよといわれたのでエドは動けなくなってしまった。
……嬉しいなんていうのは嘘だ。
ダメだ。信じちゃダメだ。
「とりあえず腹拵えしよう。君は外でご飯を食べたことがないだろう? おいしい店を知ってるんだ」
ほらこっちと促され慌てて着いて行く。
外でご飯を食べることはない。エドには休日と呼べるものはなく、お給料というものは基本的に貯めるか生活必需品を買う用途にしか使っていなかった。
こんなよそ行きの洋服を着せられたのも久しぶりだ。まだ母さんが生きていた頃以来。
冷えた手を握りこまれて慌てて見上げた。
「はぐれたら怖いからな」
あっさりと言われてなぜか胸に靄が産まれる。
顔を見られたくなくて俯くエドワードに頓着せず、男は緩やかな足取りでエドワードと歩く。
(……なんか)
やだな。こういうの。
俺はただの孤児でこいつは仕事先に来るお客さんで。二人で仲良く町を歩いたり勉強教えてもらったりなんて普通はないんじゃないのか。
いや。きっと。しちゃいけない……
「……そんなに嫌だったか?」
びくりと震えて顔を上げれば、男は困った視線の中にほんのすこし寂寥をにじませてエドワードを見ていて。
「いや……なんか。緊張するだろ。こんなの」
咄嗟に誤魔化したら男はほっと息を吐いた。
「そんな緊張はすぐに忘れさせてあげるよ」
握られた手のひらに力が籠って、男がそれなりに気を使っているのが分かると何も言えなかった。
なんでこの男はこんなことばっかり俺にするんだろう。数年前からのその疑問に今だ納得できる答えは返ってこない。
勉強のお返しがエドワードと一緒に遊ぶこと。だなんて。
男に取って何のお返しになっているのか。エドワードが楽しいだけだ。
溜め息をつこうとした唇は、連れ込まれたレストランの美味しそうな匂いで封殺された。![]()
(終わり)
