26(連載中)
アンナ姉ちゃんは、エドワードに向き直ると、思わず視線を逸らしたくなるエドワードに言い聞かせるように、静かに呟いた。
「レイブンは一年くらい前からあんたを欲しがってる軍人だ。楼主がこの店からあんたを追い出そうとしたのは、そいつがしつこくあんたを欲しがったからだ」
「――へ?」
頭の中で小さな風船が弾ける。一瞬真っ白になった頭は、理解不能、とアンナの言葉を耳から放りだした。
「なにそれ、俺、そんな奴しらねえよ?」
「あんたは知らなくても向こうはあんたを見初めてたんだよ。あの子は売ってないのか、としつこく楼主に言いよってた」
「…………」
「このままじゃ、あんたを無理矢理店に出せとか、一晩買わせろとか言い出して強硬手段にでるかもしれなかった。だから楼主は、あんたを他の人に預けようとしたんだよ。逃がすために」
「……しらねえ、そんなの」
「当たり前よ。言わないようにしてたもの」
「……」
なんか理由があるのは分かっていた。
だけどそれは、てっきり客に文句を言われたから、とかそういう物だと思っていて、まさか自分自身が原因だとは思っていなかった。
なんてことだろう。役に立ちたいから、って頑張っていたのに結局迷惑をかけていたのは俺だったのだ。
沈み込んでしまったエドワードを見て、アンナが慌てて言った。
「いっとくけど、レイブンの元に行くとか言わないでくれよ。そんなこと言ったらあんたを殴っちゃうから」
「いわねえよ。アル置いていけないし、だからってアル連れていって、アルまで被害に遭ったら困るし」
だいたいおっさんも言っていた。おまえじゃすぐに壊れてしまって金なんか稼げない、と。
アルフォンスがいなければどうでもいいが、まだ小さい弟を独りぼっちにするわけにはいかないのだ。
しかし世の中には奇特な人がいるもんだな、と思う。
こんな特に取り柄もない小汚い子供なんか、労働力以外に欲しがる奴がいるとは想像したことがなかった。
花を売る男の子達も見たことがあるけれど、彼らは一様に綺麗で、同性のエドワードが見ても思わず目を奪われるほど艶があった。自分なんかとは全然違うのに。
「ほんとは、エドに出て行って貰うのが一番なんだろうけど……」
姉ちゃんが口ごもる理由は分かる。
楼主がいた時ならともかく、今エドワードがいなくなったらこの店は廻るのか、という心配だ。
だからといって今の状況でここに置いておくには危険すぎる。そういうことだろう。
「レイブンが興味あるのは男の俺なの?」
「そうらしい。あいつは生粋の男色家だそうからね」
「……」
頭の中ではいろいろなパターンの回避策が浮かぶが、どれもこれも形にならずに却下される。
すっかり暗いムードに支配された休憩室では、時計の音が響くばかり。
今まではこういう時に打開策を見出したのは自分だった。今はそんな自分がこの輪の中心にいる。
「俺が女ならいいのかな?」
「―――え?」
「俺が姉ちゃんみたいな着物着て女装してたらばれない?」
レイブンが男にしか興味がないのなら、男のエドワードはいない、ということにすればいいのだ。女装したエドをエドワードだと気がつかなければそれでよし、気がついたらついたで、女だと言い張れば興味を失うだろう。
と、思っての発言だったのだが、ちょっと爆弾だったらしい。
みんなは一言も発せず口を開けて呆然とこちらを見ている。その視線が気まずく、ぽりぽりと頬を掻くと笑った。
「……やっぱ、無理だよな。ばれるよな、男だって」
「! いいや! そんなことない!」
リリー姉ちゃんががっつり拳を握り締めて叫んだ。
あまりに断言されて、少しショックを受ける。
「大丈夫! エドなら絶対ばれないよ!」
「そうよ! 逆に似合いすぎて困るかも!」
「でも、逆にあの子は客を取らないのかって言われて大変なことになっちゃうよ」
みんなに口々に肯定されて、微妙な気持ちになっていると、最後に聞き捨てならない発言をされた。
あはは、と乾いた笑いを浮かべつつ手を振る。
「姉ちゃん達、考えすぎ。そんな物好きいないって」
しかし、エドワードの発言を聞いた全員が、眉をハの字にして、顔を背けた。
「駄目だわ。この子頭いいけど自分に関してのことだと全く役に立たない」
「アンナ姉ちゃん、どうしよう」
あげく、エドワードを無視して、アンナの方ににじり寄る。またもや疎外感に放置され、ちょっと待て、と言おうにもなんか盛大に無視されそうな気がして、口を閉じてしまった。
「そうね、あの子は身体にちょっと欠陥があって、お店に出せないんです、とかいうことにしましょう。理由はいくらでもつけられるわ。レイブンが来たら、あの子は女の子だった、って言えばいい。身体に欠陥があったので男の子の振りをしていたとか言い張れば、あいつ女には興味がないから帰るでしょう」
「エドが女装する気があるならそれで問題は解決ね!」
そして、エドワードが茫然としている間に、なんだか外野で勝手に話は進んでいた。
「え、あの、ちょ、女装ってのは可能性の一つでまだ決めた訳じゃ……」
「よおし! エド! 立って! 今からかわいい女の子に変身させてあげる!!」
数人の姉ちゃん達に鼻息荒く引っ張られて、無理矢理立たされる。他の女の子達は服を取ってくる!と言ってぱたぱたと足音を響かせ部屋から出て行った。
「エドは髪が綺麗で長いから、上で上手くまとめてあげると綺麗に映えると思うのよ」
「あ、私この前買った髪飾りがすごくエドに似合うと思ってたの、持ってくる」
「……金色だから着物は赤かなあ」
「黒もいいかも」
「黒は大人すぎない? まだ小さいんだから、白とか」
「お嬢様みたいでいいかも、わあ、どうしよう腕が鳴る」
いつの間に気を取り直したのか、女性達は一致団結して、エドワードをいかに装うか談義を始めている。
髪留めを解かれ、着物を脱がされ、よってたかって触られまくり、エドワードはひい、と声を上げた。
「ちょ、ちょっとま……! 自分でやるって!」
「何言ってるの! これからびしびし教えて上げなきゃいけなんだから覚悟して!」
うそつけ! 楽しんでるだけじゃねえか!と叫んだら、半泣きの俺をみていた複数の顔がにっこりと了承の微笑みを見せた。
その微笑みには一欠片の躊躇もなく、どうやら自分が彼女たちのおもちゃとして認定されたのだと、その時にようやっと気がついたが、逃げ道などどこにもなかった。
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(終わり)
