22(連載中)
結局のところなんとかなってしまった。
というか、なんとかしないと諦めてくれそうもなかったと言ったほうが正しい。
「よし、載ってねえ」
月末の新聞、今月の戦死者一覧に彼の名前がないことを確認して、息を吐く。
とはいえ、あいつは有名人なので、実際に死亡したら戦死者一覧を待つまでもなく、おそらく一面に名前が載るんだろう。
なのに、月末日だけは夜も暗いうちから早起きして新聞が届くのを玄関で待つとは我ながらバカじゃないのかと思う。
(なんか、もう……)
寒い真っ暗な玄関で新聞を広げて、座り込んで一人小さい文字の新聞記事を追っているのを何年も繰り返していると。
「いい加減、気が付くよな……」
「なにが?」
「――――――――ぎゃあ!」
一人きりだと思っていたのに、耳元でいきなり囁かれて、思わず妙な声をあげてしまった。
心臓が一度跳ね上がる。
慌てて振り返ると、同じように体育座りのリリー姉ちゃんが、自分の側で寒そうに上着を抱えながら、こちらを見ていた。
「おはよー」
「お、おは……って、早いよ」
「寒くて目がさめちゃって」
「え? マジで? じゃあ毛布もう一個増や……」
「あああ、いいよいいよ」
立ち上がろうとした俺の手首を掴んで、姉ちゃんが押しとどめる。
「でも」
「そういうのは他の人に頼むから、楼主はそんなことしなくていいの!」
でも、と声に出かけたが、言ったらますます怒られそうなのでため息をついて諦めた。
あれから一年、結局この店は自分が楼主となることで、奇妙なくらい円滑に廻っていた。
「で? なに見てたの?」
「新聞」
にじりよってきたリリーが同じように新聞を覗き込む。開かれたページにある戦没者一覧の記事を見てぴーん、と来たらしい。
へええー、となぜかにやにやしながら笑った。
「早く戦争終わって迎えに来てくれればいいのにね」
「? なにが?」
姉ちゃんが息を吐くと、白い雲が出来ては消える。霜が降りそうなほど寒い廊下に女性が薄着でいるのは身体によろしくないので、エドワードとしては早く部屋に戻って寝て欲しかったのだが、どうも彼女にはその気はないらしい。
「マスタング大佐が迎えに来るの待ってるんじゃないの?」
「……そりゃ、帰ってくるのは待ってるけど、なんであいつが迎えに来るんだよ。早く戦争なんか終わらないかなーってだけ」
毎日紙面に踊る戦死者や戦局の記事を見るたびに出るため息の数は、のべ何千個を超えただろう。
首を傾げる俺に、姉ちゃんは目をぱちくりとさせて、数秒後にがっくりとうな垂れた。
「これだもんなあ」
「?」
「まああれから何年も経ってるんだからそのくらいに考えてた方がいいのかもしれないけど」
「何言ってんだ?」
さっきから一人で自己完結している姉ちゃんは、俺の問いかけにも何も答えず、立ち上がった。
「なんでもなーい。もう一回寝るー」
「ん、今日の夜までには毛布一枚増やしとくから」
新聞に目を通しながら、ひらひらと手を振って立ち去る彼女の顔も見ずに言うと、「だからーしなくていいっていってんのにー」と不機嫌そうな声がした。
帳簿を見ながら唸る。
とりあえずということで自分が実務を取り仕切ることになったのはいいんだが、こんな子供一人が普通に経営できるほど世の中の会社は簡単なものなんだろうか。
俺はまだ子供なので、実質的な責任者はアンナ姉ちゃんになっているものの、実質、裏で全部操っているのは自分だ。
そんなことは出入りの業者も店の人間も全部知っている。知らないのは軍ぐらいだろう。
無駄と無理を省いて、姉ちゃんたちが気持ちよく働けるようにしてあげて、お店を綺麗にしてお客さんを大切にするだけだ。
誰でもできるような気がするんだけど、どうして倒産する企業が出るのかなあと思ったが、人に経営学を教えた先生は遠い戦場の下だ。
聞いたらまた呆れた顔して俺の頭をこつん、とやるんだろうか。
(……って、忘れてるよな、もう)
いかんいかんと首を振る。
忘れられるのは切ないのだと気が付いたのは先日のことだ。自分の気持ちがなんだったかに気が付いたのも先日だ。
よく考えてみたら何年も何年もこうして奴の動きばかり新聞で追いかけて記事は全部保存してるんだから、自明の理だと言うのに。
……まあ、でも、自分の恋の行方はどうでもいいのだ。
あいつが生きて、戦場から帰ってきてくれれば。
最近の新聞は戦闘が終局に向かいつつあると言う報道が多い。
あいつが昔言っていたように「劣勢だろうとも優勢だ、と虚偽の報道をすることがある」のが戦時中の新聞だそうから、嘘かもしれないのだけど、店に来る軍のお客さんの話を聞いていると、今の新聞はけっこう正直報道してるみたいだった。
脱線する思考を叱咤して、次の封筒の封を開ける。中には報告書が数枚。描いてある内容は毎月代わり映えがない。
「来月も親展なしなら、他の探偵社に変えようかな」
手紙の中身は、今月もお探しの人物は見つかりませんでした、すみません、との簡素なもの。
机の上に顎をのせて、またまたため息。
実はばっちゃんが死んでからずっと、探偵に頼んで、身内の行方を探らせている。
あくまでも自分は仮の楼主で、ここを継ぐべきは彼女の身内であるはずだと思っているからだ。銀行に眠る金も自分達が手をつけていいものだとは思えないし。
毎月の店の利益からいくらかの金を捜索費用に廻して、もう半年以上が経過しているのだが……いまだに孫も親戚も見つからない。
金ももったいないし、来月から他の探偵社にしてみようそうしよう。
違う探偵社なら違う結果を拾ってくるかもしれない。
決めた決めたと封筒に手紙を戻しながら、評判のよさげな探偵社を姉ちゃん達に聞き出してもらおうと画策する。
彼女達が褥で得る情報量は半端ではない。
どの店がどうで、誰が不正をしていて、軍は今どうなっているのかも、全部客から手に入れてしまう彼女達の能力は、その辺の情報屋を雇うよりよっぽど正確で早い。
エドワードが頼めば一週間以内には精度の高い結果が手に入るだろう。
結局、彼女達の情報を参考に、エドワードが探偵社を変更してから、又六ヶ月は何事もなく。
そろそろまた探偵を変えようかと考え始めた矢先に、その吉報はもたらされた。![]()
(終わり)
