黒の祭壇

黒の祭壇

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 東方司令部。黄金の鯉。

 昨日突きつけられて、突っ返した。いらない、馬鹿。と今思うと、酷いことを。



「…こいのぼり。それって、…小さくても、いいのかな」
「?さあ…あ!」
 アルフォンスの鍵盤も叩かれたらしい。
 大佐が持っていた小さいオブジェ。全長10cm程度しかなかった掌サイズの鯉の置物。
「一番上の鯉、金色だった」
「あー!しまったー!全然気がつかなかった!!」
 頭を抱える俺。
 昨日、大佐が言っていたこと。執拗に持って帰るかと聞いたこと。持って帰らなかったのは、俺、俺だ。
「もらっときゃよかった!」
「…最初から、兄さんにとらせるつもりだったわけか、13番。なのに誰かさんは断ったんだなあ、それ」
「あああ」
 がっくり腕を地面につく。近い距離で地図を眺めると、三角形の二点まで表示されたいびつな見取図が目に入る。
「でも、そうすると東方司令部に二つ鯉があるのか?三角形にならない」
「あ、そうか。だったらこれも違うのかなあ」
 いい線行ったと思ったんだけど、と腕組みするアルフォンス。
「でも、あれだろ大将。大将が持って帰ると思って、大佐はあの鯉のオブジェを二つ作ったんだろ、大将がたまたま持って帰らなかっただけで」
 後から、想像してなかった声が振ってくる。既にハボックの存在を失念していたことにちょっと冷や汗。すでに立ち去ったと思っていたが後で二人の話を聞いていたらしい。
「だから、もし大将が持って帰ってたらどこにあったかって、ことで」
 ぽかん、と見上げる煙草の男が、今日ばっかりは神様みたいに見える。
 そんなの、多分宿だ。昨日俺達が泊まった宿。当然大佐も把握している。
 三角形の最後の一つ。びりびりと一撃が脳天を直撃。氷解していく胸の薄霧に、息が漏れた。
 東方司令部、公園の川、エドワード達が泊まっているホテル。
 その三点の線を結んで出来たトライアングルの真ん中。
 地図に残った最後の一つを繋げば、その中心にあるのは、東方随一の大きさを誇る巨大墓地だ。
「うわー!少尉!キスしていい!?」
 思わず抱きつきそうになれば、ぎゃー!と叫んでハボックが後に飛んで逃げた。
「やめてくれ!大佐に焦がされる!」
 男のおびえは本気のようだ。
 地面に転がった凧紐をすざまじい勢いで纏めると、脱兎の如くに逃げていく少尉。
 その時間ほんの十秒。
 感謝の気持ちを表そうとしただけだったのに、あそこまで嫌がられるとは思わなかった。
 …普通は、子供でも男に抱きつかれるのなんか、嫌か。
 でも、ちょっと傷ついたぞ少尉。
「親愛の情だったのに」
 少尉にとって俺の愛の抱擁はどうやら、あのむさい筋肉錬金術師と同レベルらしかった。





 墓地に着いたときには、すでにあと10分しかなかった。
 一面に広がる規則正しい墓石に、ちょっと気力が萎える。
「…で、どこなの」
 正直墓に来れば中央にでっかい鯉幟でもあるかと思ったのだが甘かった。何もそれらしき物は見つからない。
「考えてみれば、広場に持ってこれる、ものなんだから大きいわけないよな」
 手で運べなければ意味がないだろう。
 とすれば、どこかの墓石にそれがあるというのがセオリーか。
 頭をばりばりと掻く。思案している時間はない。
「しゃーない、アル、片っ端から探そう。とりあえずあんまり古い墓石は却下な。後、大きすぎる墓石も却下。見ないでいいから」
「なんで?兄さん」
 首をかしげる弟。
「大佐が物を置ける墓石で、大佐以外の人間に持って行かれる心配がない墓石っていったら、奴の知り合いのお墓に決まってるだろ、よって訪れる人がたくさんいそうな巨大な墓を持った金持ちと、あんまり古すぎる墓石は見る必要がない」
 俺が同じ事をするとしたら、他の人間に持ち去られたら困るから、確実に自分くらいしか墓を訪れないような人間の 墓にそれを置く。そしてあまり豪華だと取られては叶わないので、小さくて、取る価値も起きないような物にするだろう。
『もう一個あるから』
 奴は昨日、俺に置物を手渡しながらそう言った。
 多分、そのもう一個はこの墓のどこかにあるのだ。あのくらいの大きさならば、多分誰も取って行くまい。
 いつ置きに来たのか、あの後か。もし、俺があそこで置物を手に取っていたら何かが変わっていたのかもしれない。
 少なくとも、ここまで苦労はしていなかった。
 ああ、もう。と己自身の心に殴打を浴びせながら走る。間に合うかどうか分からない。けっこうな賭けだった。


(終わり)