黒の祭壇

黒の祭壇

> TEXT > ロイエド > 中編 > 膝抱っこ > 7

7(完結)

「大佐、もうやめましょうや」
 これでワイン一本開けましたよ、と隣でハボックが瓶を振って示す。
「うるさい。おまえみたいに鋼のに懐かれてる奴に言われたくない」
「いや、ですから」
 もう二時間もこうして、酒場で愚痴につきあわされてるハボックは、本日何回目かの溜息を吐いた。
「なんで私じゃ駄目なんだ」
「さあ」
「なんでおまえならいいんだ」
「大佐じゃ安心できないんでしょう。日頃の行いの差じゃないんですか?」
「あああ」
 ごちん、とカウンターに頭をぶつけて、へたれる色男。
 懸想している女性達に見せてあげたい。
 煙草に火をつけながらハボックは思う。
 もう、駄目だろうなあ…。
 脳裏に浮かぶは大将が膝の上で大人しくしていたあの至福の時。 
 大将は相変わらずハボックのところに来るだろうが、大佐のこの態度から察するにこれ以降も同じ事を繰り返せば、本気で俺は殺される。二階級特進なんかしたくない。
 あの感触は、結構好きだったのに。
 すっぽり収まる大きさとか、いつもは生意気な小僧が、大人しく瞳を閉じて愛おしそうに寄ってくる瞬間とか。
 子供が出来たら、こんなにかわいいのかなあ、嫁さん欲しいなあ。子供欲しいなあ、なんて、そんな姿を見ながらいつも考えていた。
 ハボックにとってアレは、擬似的な親子体験みたいなもので。
 ああ、もう一回くらい味わいたいなあ。どうせあと一年もすれば子供は成長してあんなことなどしなくなる。今だけの貴重な時間なのに。
 寂しくなるなあと思いながらも、隣でくだを巻く大人げない上司の精神的メンテナンスの方がハボックには一応大切だったりするので。
 いや、大佐のこの不機嫌は正直自業自得というか、それにたいして俺が遠慮をすることはないのだが。
 遠慮じゃなくて、本能的決断だ。
 まだ死にたくない。
 大佐は絶対嫌だといった大将のことなので、次はフュリーやブレダあたりに矛先が変わるかもしれない。
 だが奴らも断るだろう。で、その時に。
 あれ、とちょっと不吉なことが頭をよぎった。
「大佐、もし大将が俺にまた同じ事言ってきたら、当然断るんですよね俺」
「二階級特進したいなら受ければいい」
 さらっと殺害宣告。うわぁ…。
「で、俺達がみんな断ったとして、じゃあ軍部じゃ相手にしてくれないから、ってその辺の親しくなった親父とかにですね、大将が同じ事頼んだらどうするんですか?」
「……」
 思いもしていなかったらしい。
 こちらを見た上司の目が一瞬見開かれたかと思うと、それこそテロリスト対策時にでも見せたことの無いような真剣な瞳をして、意識を沈み込ませ始めた。
「そうか…そういう可能性もあるのか」
 だったらどうしようか、とりあえず軍部の男で若い奴を全部どこかよそに飛ばすか?などと物騒な台詞が漏れてきたが、俺は見てない聞いてない。
 そろそろと呟く上司から離れて、忍び足で遠のくが、やっぱり大佐は全く気がつかずひたすらカウンターで何か錬成陣のような物をテーブルに指で書いている。
「…チャンス」
 そっとレジで、払いはあの男ね、と伝言してから、ハボックは酒場からこっそりと抜け出した。
 入り口の扉が閉まった瞬間、猛烈ダッシュでそこから離れる。
 明日の大佐の嫌味より今日の安眠。
 祈りながら、タクシーに飛び乗った。




 翌日以降。
 何が何でもエドワードに理由を聞き出そうとするロイと、それを嫌がってハボックのところに逃げてくるエドワードとで、板挟み状態になってしまったハボックは大佐の嫌味以上の苦境に追い込まれるのであるが、本人がこの時点でそれを知るよしもなかった。


(終わり)