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えらい、間の抜けた声だったと思う。
いきなり微妙な視線を向けられた彼は、気味悪そうな顔をするのだろうか。
「え」
だが、エドワードは単純に、驚いていただけらしかった。
「ほらー、やっぱり兄さんだよこれー!」
「えー違うよアルだと思うけど……」
「だって大佐も兄さんだっていったし!兄さんだと思って受け取ってよ、ほら!」
はい、と手紙を押しつけられて、エドワードはまだ往生際悪くぶつぶつ言っている。
始まったぞ、またエルリック会話が。ロイにはさっぱりわからないあれが。
「……二人とも。一体何の話だ」
押し返すことは諦めたのか、手紙を手にしたエドワードが、近づいてきたロイにはい、と手紙を差し出した。
「――――――――――へ?」
「ラブレター」
「――――――――――私に!?」
「んなわけねえだろ!」
なんだ。つまらん。
まあ、そんなわけないよな、と思いつつも一瞬期待したんだが。
がっかりしながら渡された手紙の宛名を見る。
『エルリック様へ』
と。
綺麗な細い文字だけが表に書いてあった。
「……なんだね、これは」
「うちのポストに突っ込んであったんだけど、どっちにくれたもんだかわかんなくてさー」
やれやれと溜息をつくエドワード。
「一緒にお菓子も入ってたんですけど、誰宛なんだか」
「だから大佐がたまたま入ってきたから大佐のあげたい人がこの手紙の受取人だってことにしようかと」
兄弟は顔を見合わせて、うんうんと頷いている。
「というわけで、これは俺宛だってことにする!」
固まるロイの手から、えい、と手紙を奪い取ったエドワードが情け容赦なくその手紙を開封する。
彼の性格を反映してか、ペーパーナイフを使うと言うこともなく、きっと綺麗に封がされたのだろう封筒はあっという間にただの切り口の汚い紙になった。
取り出した便箋に目を落とすエドワードをなんとなく固唾をのんで見守る二人。
「…………ほら」
一分後、その中に入った便箋ごと、渡されたのは弟だった。
「え?」
「やっぱ、アル宛だ」
「あ、そうなの…」
何だ、僕かあ、と呟きつつ、手紙に目も通さずアルフォンスは折りたたんで封筒にそれを入れた。
興味がないのが丸わかりである。
「たいてい俺よりアルなんだよなー」
あーあ、といいつつ伸びをしているエドワードにアルフォンスがなんとなく棘の入った視線を向ける。
「又そんなこと言って。貰ったって困るくせに。断るだけでしょ、どうせ」
「まあ、そうだけどさ……」
心持ち俯いて、足をぶらぶらと動かすと、最近はいつもポニーテールであげられている髪の毛が彼の頬を隠す。
少しだけ、赤みを帯びているように見えるのは、年頃の少年だから仕方ないのか。
ラブレターとかいう素敵アイテムを貰えば、緊張したり浮かれたりするよな。普通の少年なら。
……少なくとも、十四も上の男の上司に貰いたいとは、思わないだろう。
「…………」
嫌なことを再認識して、少しだけ絞られた心臓をとんとんと叩いて立ち直らせる。
そこでやっと、ずっと突っ立ったままな事に気がついた。
とりあえず、鋼のは今現在ラブレターを貰っても断るんだということが分かったのはまあ、一歩前進かもしれない。
ソファーの後ろを通って、自分の席に向かう。
この子達はこのままここに居座るのだろうか。考えてみればこんな話をなんでここでするのか。
一応この部屋は司令官の部屋で、学校で言えば校長室みたいなものなのに。
「でも、よかったじゃん。とりあえず大佐は僕より兄さんに渡すみたいだし」
「ば………っ!」
兄弟二人が、並んで座ってエルリック語を喋っているのを横目に見ながら、椅子に座ろうとしたところで、いきなりアルフォンスの声が耳に飛び込んできた。
にこにこと笑った弟が立ち上がりながら兄にさらりと妙な言葉を投げつける。
如実に反応して、釣られて立ち上がったエドワードが、なぜかこちらをおそるおそる見るので、ついつい視線が絡んだ。
その頬は紅潮していて、瞳はまるでいたずらを見つかった子供みたいに彷徨っている。
こちらは何も言っていないのに、勝負する前から負けたみたいな狼狽えた顔。
「………鋼の?」
熱でもあるのかもしれないと、一歩前に出たら、エドワードはまるで同じ極の磁石みたいに反発して後じさった。
その上ぶんぶんと首を振って、これ以上近づくなと全身で訴えている。
「お、俺帰るから!じゃーな!大佐!」
言って、エドワードは三歩で扉までダッシュした。
「あ、待ってよ兄さーん、僕もー」
待ってというわりにはいたく緩慢な動作で、バネのように飛び出ていった兄の後を追いかける弟。
「じゃあ、大佐。お邪魔しましたー」
ぺこりと最後に一礼。
ドアを開けっ放しですっ飛んでいった台風の後を、ひどく礼儀正しい雲が着いていく。
ぱたり、と扉が閉まると、静寂が戻ってくる。
取り残されたロイは、ほんの数分間の妙に現実味のなかったこの部屋が正常な形に巻き戻されたことを知った。
まるで、竜巻だ。
あまりにも突然に現れてあまりにも突然にいなくなるから、言われた言葉を反芻して考える間を与えてくれない。
なんか、最後の一分間ぐらいはとても重要なヒントがいっぱいだった気がする。
推理小説で言えば犯人が致命的なミスを犯した場面だ。
だが、その致命的ミスを見つけたところで、もし大間違いだったら最後に探偵に馬鹿にされる役回りが振られるだけである。
「……仕事、するか」
溜息をつきながら机に書類を投げ捨てる。
ふと見下ろした窓の向こうには、走り去る兄とそれを追いかける弟の姿があった。
(――――――――――戻ったんだな)
身体が戻るまでは、と決めていた。
戻ったからには、この恋心を抑える理由はなにもなくて。
なのに、まだ。
もう少しだけ、こうしてぬるま湯に浸っておきたいのは、すっかり臆病になってしまったせいなんだろう。
待つ時間が長すぎるのも困りものだ。
その間にすっかり、諦めることに馴染んでしまった。
心をもう一度奮い起こすにはきっと、なにかの契機がいるんだろうなと思いつつ、椅子に座って書類をめくる。
結局ロイが、きっかけを手にすることが出来たのは、その契機を三つも逃した後だった。
会社の奥様に高校生と中学生の兄弟がおりまして。先日のバレンタインにポストにチョコが入っていたんだけれども「○○くん(名字)大好きです」 としか書いておらず(差出人の名前もなし)兄か弟かわからなくてさー、という話を聞いたので、なんとなく連想してみたネタ。 まあ、さらっと読み流していただければ。
(終わり)
