20(連載中)
主のいない部屋で引き出しを漁るのは、泥棒みたいで気分が悪い。
けどそんなことも言ってられず、エドワードは片っぱしから引き出しを開けて中身を引っかき回した。
ばっちゃんの家族構成は誰も知らない。遠い土地に、孫がいるという噂しか聞いたことなかった。
おっさんが言ってた言葉を、今の今まで覚えていた自分の記憶力に感謝する。
一年前の台詞を覚えていることはエドワードにとって普通のことであったが、世間ではそうではないと教えてくれたのは今は戦場にいるあの男だ。
言葉を思い出しそうになると、涙が沸いてきた。
権利書を探そうとするのに、視界がぼやけて水滴が書類に落ちる。
「なんで――」
ばっちゃんの横たわる姿を見ても、泣かなかったのに。
どうして、一人でこうして部屋にいただけで、こんなに。
急ぐのは分かっていたのに、ぺたりと床に座り込んで目を擦った。
(……おっさん、どうしよう)
どうすればいい? どうすれば、この店を守れる?
「ああ、もうなんて余計な知識を……! あいつ……!」
八つ当たりしても何も変わらない。嘘だ、感謝しなきゃいけないのに。
あのばっちゃんが、何の用意もしていないとは思えなかった。自分が死んだ時にこの店をどうするかをまとめた書類の一個くらいあってもいいはず。
そもそもこの土地は借地だと聞いている。毎月家賃を払っていたのは自分だからよく分かる。
貸し主は普通の不動産業を営む業者で、この楼閣が流行っていて毎月家賃を普通に払っていたから何も問題はなかった。だけど、どうなるのか。
正直ばっちゃんが死んだことを隠し通したいくらいだった。
鼻を啜って、諦めた。
諦めたのは、泣くのを我慢することをだ。
たしかに知識は山ほど教えて貰った。文字も、世間の仕組みも法律も、すべて。
だけどおっさん、あんた、こういう時にどうやって泣けばいいかは教えてくれなかったじゃねえか。
……ずっと、生きててくれればいい、と思ってた。
会いたい、って思わないわけじゃなかったけれど、自分みたいな子供は彼にとっては迷惑だと知っていたから、遠くで記事で見れるだけで幸せだった、の、に――――――
「くそ、なんで、戦場なんかにいるんだよ馬鹿……!」
ひび割れていた心の隙間に、水がじわじわと浸透していく。
弱気は致命的だった。いつだってエドワードは諦念は嫌いで、弟のためにと前を向いてきたと思ってる。
分かってる。だから今もこんなところで俯せて泣いてる場合じゃないんだってこと。
母さんが死んだ時、村を飛び出した時、いつだって立ち上がれと己で言い聞かせてきた。
今だって、そう思ったからこの部屋にいる。だっていうのに、脳裏で渦巻いている幾多の未来の可能性と、最善策を探す処理の根源を作り出したのは、あの戦場の男だと気がついたら、一気に橋が崩れた。
「……会いたい、よ……。なにしてんだよ、いつ帰ってくるんだよ、なんで……っ!」
なんで、俺の好きな人は俺より先に死ぬんだろう。
母さん、父さん、ピナコばっちゃん。
その度に、もう死んじゃうんじゃないかと思うくらいのダメージを受けているのに、こうして俺はみっともなく生きている。
あいつの顔が見たい。
そして、大丈夫だと言って欲しい。
俺、間違ってないかな、うまく出来てるかな。
あんたが期待したみたいに、判断、間違ってない?
死んだばあちゃんに縋り付いて泣かないで、こうして泥棒みたいなコトしてても、間違って、ないよな?
そうだよ、って言って欲しかった。あんなに嫌だ、子供扱いするな、って言ってるのに頭を撫でて欲しくて嗚咽が漏れた。
――恥ずかしい、絶対こんなのあいつに見られたら嫌われる。
時折ぽっきり折れてしまいそうな俺の中の柱を支えているのはきっと、あの軍人なんだ、と初めてエドワードは気づいた。
『どういうときになにをすればいいか、その判断を間違えるな』
さっきから木霊のように繰り返される言葉は、真剣な瞳をした男がエドワードを指さしながら言った台詞だ。
当時はよくわからないまま、迫力に押されてうん、と頷いたけど。
「あんたの言ったことは、数年経って役に経つことばっかりだったよな……」
見越してたんだろうな、ほんと、優秀すぎてむかつく。
大きく息を吸って、立ち上がった。
みっともなく赤くなった瞳を擦って、ぱん、と頬を叩いて気合を入れると捜索を再開する。
「頑張るよ。もう間違えない。あんたが生きてたら俺、何でも出来る気がする」
遠い地でも、会えない身分の差でも、生きていてくれることが支えになるなんて、自分でもおかしくて笑ってしまうけど。
立ち上がれるなら、それでいい。
(終わり)
