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梅雨は長かった。
今年は長梅雨だそうで、もうすぐ小暑も終わろうかというのに、連日の雨だ。
太陽を見た日は一日もない。
「…知ってたんじゃなかろうな」
一人、買い物に行った彼を家で待ちながら、窓の外を滝のように流れ落ちる水滴を眺めて、ロイは一人愚痴る。
梅雨が明けたら好きなだけ、なんて。
もう何週間触っていない事やら。
そもそも本当に明けるのか、梅雨は。
美味しいケーキがもうすぐ貰えると分かっているからつまみ食いをやめているのに、このままではケーキを食べる前に餓死するのではなかろうか。
河川はもうすぐ氾濫しそうだという話なので、先日軍部で水害対策を施し、丁度暇そうだった鋼の錬金術師の首根っこをひっつかまえて手伝って貰った。
彼はこの手のことなら喜んで手伝うので、実に有能に働いてくれた。
昔から、優しいのだ基本的に。
「…ただいまー!」
ばたばたと雨の残滓を友達に、小型の台風が帰ってくる。
玄関まで迎えに出てみれば、そこにはびしょ濡れの金色の台風が、濡れた濡れたといいながらコートを脱ごうとしていた。
「……傘は持っていったと記憶しているが?」
「ああ、壊れた」
「………」
脱いだコートをぎゅうぎゅう玄関口で絞っているエドワードに背を向けて、脱衣所からタオルを取って戻ってくる。
「壊れた、ねえ…」
はあ、と溜息。
玄関でコートは脱いだ物の、未だにぽたぽたと体中から垂れる水滴を見て、どうしようか、このまま入っても平気かな、と悩んでいるらしい彼にタオルを突き出した。
「ほら、とりあえず拭け」
「あ、サンキュー」
バスタオルを受け取って髪を拭き始めた彼を、壁に凭れたまま腕組みをしてロイは冷静に見下ろす。
「…それで?今日はどこのおばあさんだ?」
「ばあさんじゃなくて、女の子……」
しまった、と動きの止まる彼の両手。やっぱりな、と息を吐くロイ。
「君は毎回傘を誰かにあげて帰ってくるね」
いつも、そう。
傘を持たない人に傘をあげて、自分は濡れて走って帰ってくる。
「いいじゃねえか、俺は頑丈だけど、小さい女の子が濡れて風邪でもひいたら」
「…上も脱げ」
非難しているわけではない。呆れているだけだ。
だから彼の言い訳を無視して、上着に手を掛けると、彼は自分でやるからいい、とロイを振り切った。
びしょ濡れの上着を無理矢理剥がすと、エドワードの端正な肉付きのよい上半身が目に入る。
気にせずその裸の身体をタオルで拭くエドワードから視線を剥がして、ロイはぎゅうぎゅうと上着を絞って水分を土間に落とした。
この子の優しさは、自分を平気で犠牲にするからロイは気にくわないのだ。
玄関口に座り込んで、水分を含んで重くなったブーツの留め金を外す彼の横顔が、水に濡れて青白い。水分を含んだ髪の毛が数本項に絡んで、なんだか海から上がったばかりの人魚のように見えた。
それだけでここ数週間我慢をしていた身体はむくむくと何かを思い出す。
両方の靴を脱ぎ、両足の指を拭いているエドワードに、ズボンも脱げ、というと流石に玄関先では躊躇ったのか、嫌そうな顔をした。
「濡れるだろう。玄関には鍵を掛けているんだし、嫌ならタオルでも巻けばいい」
内心牙を剥きそうなそれを抑えて平然と言えば、エドワードは少し考えてから、素直にズボンも脱ぎ始めた。
『シーツを干せないから』
彼はそう言った。
玄関脇の窓を見ると、やっぱり相変わらず雨だれは止まらず天気予報も明日は雨。
当分お日様には会えそうにない。
脱いだズボンを又ぎゅうぎゅう絞っている彼の背中を見て、はた、と気がつく。
「――――――――――あ」
天啓だった。
そうだ、なんで気がつかなかったんだろう。
私の頭はすでに色ボケで耄碌していたのかも知れない。
「…鋼の」
「―――――――っわ!」
背後から子供を抱え上げるように抱きしめれば、下着一枚の彼はあっさりロイの腕に収まった。
じりじりと暴走したい気持ちを抑え込んで、濡れた人魚を堪能。ああ、そういえば我慢できなくなるから、ここ数日こんな事すらしていなかった。
「え、なに…」
慌てて振り返るエドワードが、ロイの表情を見て固まる。
何度も何度も見た情欲の混じった瞳に、彼が気がつかないわけがない。
「まさか…」
引きつった笑み。
すでに下着一枚の彼を組み敷いて、そこに手をやるなど、朝飯前。
戸惑う彼に笑顔で誤魔化して実行すれば、うそ、と呟きながらエドワードは太股を閉じようと必死で抵抗していた。
「あ、あ…雨が上がるまで、しないって……っ!」
喉を喘がせつつ首を振るが、応じてこちらの鼓動は跳ね上がるばかり。
「シーツが干せないんだろう?」
「そ、だ、だから…」
そう、たしかに明日も雨。きっとシーツは太陽には晒せない。
後ろから彼を嬲るのも楽しいが、どうせなら正面から堪能したいな、と肩を掴んで床に転がせば、未だ唖然としたままの彼の髪の毛が首に垂れる姿が実に艶めかしかった。
舌なめずりをしそうになる。
「私も馬鹿だったな、と思って」
「…なにが」
抵抗すればいいのに、好奇心旺盛な彼はロイの言葉を最後まで聞いてからではないと動こうとしなかった。
黄金の瞳が、戸惑いと好奇心で揺らめいている。
それが命取り。
「シーツが洗濯できないなら、シーツなんか必要ないところですればいいんだ」
それこそ、玄関の床の上とか。
多分、彼がその言葉を脳髄に叩き込んで、逃げようとするまで三秒。
それだけあれば、唇を塞いで有耶無耶にする事なんて、ロイにとってはとても簡単な作業だった。
梅雨が明けるまでの数日間。
シーツは一度も洗濯されることはなかったけれど、タオルはたくさん洗濯されたようで、墓穴を掘った自分の発言を呪いながら、こんなつもりじゃなかったのに、と洗濯機に凭れるエドワードの姿があったとかなかったとか。
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頂いたメールで「雨が続くのでシーツが干せません」と書いてあるのを読んで唐突に妄想した話。
妄想らしいオチですね。
(終わり)
