黒の祭壇

黒の祭壇

> TEXT > ロイエド > 中編 > Hirow's Trump > 1

1(連載中)

   数ヶ月ぶりに訪れた奴の執務室には、軍にはひどく似つかわしくないものが机の上に転がっていた。
「なにこれ」
 執務机の前にあるソファーに座って何かの紙を読んでいる男の目の前のテーブルには、数十枚のカードが散乱している。
 挨拶もなしに扉を突然開けた俺に、びっくりした顔もみせず大佐はごく平然と面を上げた。
「鋼の。いつ来たんだ」
「さっき。ってえか何あんた、仕事もしないでゲームかよ」
 赤いコートを脱いで腕に抱えると大佐の向かいのソファーにどすりと身体を落とす。手を顎に当て、やっぱり何らかの紙を見ていた大人は、むうむうと変な声を出した。
 テーブルに広げられている一枚の紙を手にとってくるくると廻す。
 丁度掌に乗るくらいのサイズで、四種のスートが刻んである。裏面には真っ青に塗りつぶされた幾何学模様が一面に印刷してあった。
 エドが手に取ったのはスペードのA。

「トランプ遊び?」
「違うよ、これはこの前捕まえた犯罪者の自宅から押収した物だ」
「ふーん、なんでトランプなんか」
 押収するような物でもないのに。
 一、二と数えながら何とはなしにテーブルに各スートを並べ始めてみる。
 そのカテゴリー面に表示されているマークが、普通と違うことには最初から気がついていたが、並べ始めるとそれがだんだんと確信へと変わる。
 普通ならば、ハートの7ならばハートのマークが上下に七つ並んでいるはずだ。
 だがこのトランプは上下に数字とスートがあるだけで、真ん中には一つの模様が描かれているのみ。

 スペードは青。
 ハートは赤。
 ダイヤは橙。
 クローバーは緑。

「なに、これ。…錬成陣?」
 その、一枚一枚を並べてよく見ると、トランプの中心に描かれているのはすべて色違いの錬成陣だった。
 つつ、と指で追いかけて、その小さな錬成陣の中身を解読する。
 そんなエドワードの姿を黙って見つめている男は溜息をつきながら腰を上げた。

「君、ハイロゥのトランプも知らないのか?」
「…え、これがそうなの?!」
 噂には聞いたことがあったが、見たのは初めてだった。
「スペードの1はなんだ?鋼の」
「バカにしてんのかよ、こりゃ水だろ」
「クラブの4」
「炭酸」
「ダイヤの11」
「エタノール。って、へー、これがハイロゥのトランプなんだ」
 コーヒーを入れているらしい男は隣の給湯室に消えていて、エドワードからは見えない。
「君、錬金術師なのに本当に知らなかったんだな。学校なんかでは当たり前のように配っているのに」
「俺、錬金術の学校なんか行ってねえし。親父の工房にはこんなものなかったぞ」
 まあ、あの男のことだから、こんな物は必要ないのだろうが。

(終わり)