7(連載中)
前が見えなくなるほどの量のシーツを両手に抱えて、庭に出た。
シーツ置き場に一旦それを置いて、軽く皺を伸ばす。
物干し竿は高い位置にあり、エドワードは本来ならば手が届かないのだが、そんなエドワードの為にこの店の女性達は小さな梯子を用意してくれた。
この店に住み込んでもう半年になる。
エドワードに与えられた仕事は掃除洗濯食事などの裏方だった。
子供故に出来ることは限られるのだが、男に下着を洗わせるのは嫌でも男の子なら構わないらしい。
時期にさせて貰えなくなるだろうが。
でもこのままもう少しだけここで働かせて貰えるなら、出て行けと言われるときには、なんとか住まいくらいは確保できる金は貯まっていると思う。
彼女たちには感謝してもしきれない。
よいしょと小さな梯子を登り、シーツを物干し竿に掛けていると背後に人の気配がした。
「エド」
実は足音でもう分かっていたので迷いなく振り返る。
「楼主、どうしたの?」
目線の先には、杖をついた一人の老婆。皺は増えたが、瞳の強さはその辺の若者よりよっぽどだ。昔は店に立っていたという噂も訊くが本当かどうか。
「ピナコでいいと言ってるだろう」
「楼主は楼主だろ」
そもそもそう言いながらもこんなぞんざいな口調で喋っていることを怒るべきなのに、ピナコは怒らない。
そっちの方が問題じゃないのかなとエドワードは思った。
彼女の身長はエドワードより少し大きいくらいでしかないので、階段から下りると自然少し見上げる形になる。
あの男に比べれば首をそこまであげなくていいのが楽だが。
「今日は診察の日だけどね、マルコーがあんたら兄弟も見てやるって言ってるから一緒に診察を受けてきなさい」
「え……」
すでに次のシーツを抱えていたエドワードは一瞬取り落としそうになって慌てた。
マルコーはこの店お抱えの医師だ。
普段は町医者として頑張っている気のいいおじさんだが、三ヶ月に一回、この宿の女性達の定期検診に訪れる。彼女たちは身体がそのまま商売道具なので、病気など移されたり移したりしてはたまらないからだ。
エドワードは別に身体は商売道具じゃないので診察対象にはあてはまらない。その為今までも特に診察を受けたことはなかった。
「アルを診察してくれるなら嬉しいけど、俺はいいよ。仕事あるし」
「……言うと思ったよ!」
「……いだっ!」
いきなり振りかざした杖でぽこんと額を殴られて、肩を竦める。
「マルコーがこの前あんたら二人を見てからずっと気になってたらしい。あっちが診察したいっていうんだから甘えな」
「だって」
「駆け足!」
どん! と地面に杖をぶつけてピナコは怒鳴った。
その声音の鋭さに、エドワードの反論は空気中に霧散するしかなくなった。
ありがたいんだが、こんなに甘えていいのだろうかと内心情けない思いを浮かべながら、隣の部屋で寝ているアルフォンスを抱え上げた。
診察室へとアルフォンスの背中をあやしつつ向かう。そもそもエドワードの記憶に、医者はない。医者を呼ぶのは、金持ちの特権だと思っていた。
裸足で廊下を歩くと、底冷えした冷気が足裏に染みこむ。ここに来る人たちはみな上等な靴下をしているので廊下が冷たいということはないんだろうが、どうせなら床全体が暖かくなるような仕組みとか、ないかなと脳内で想像をこねくり回してみた。
診察室は玄関を通り過ぎて右の棟だ。女郎達の仕事場とは別の建物にある。
玄関を通るときに、ちょうどお客様が二階に上がっていくのが見えた。
小太りで、贅沢そうな上着。髪は白くて、後頭部がはげあがっている。正面から顔を見たことはないが、後ろ姿は何度か見たので、分かる。
このセントラルの将軍だ。あの男が来ると、必ず付属でもう一人着いてくる。
「おや、エドワード」
「………」
飄々とした声はいつも変わらない。聞いた瞬間にエドワードの心臓が一瞬位置を見失って落っこちるのも変わらない。
男はエドワードがすぐに返事をしないのは、自分のことが苦手なせいだと思っているようだが違う。単に心の準備に時間がかかるだけだ。
振り返って視線を玄関に向ければ、男は玄関に座り込んで靴を脱ごうとしているところだった。
(終わり)
