黒の祭壇

黒の祭壇

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 ディーターの図書館は、番人と呼ばれる人間かディーターしか入れない。
 盗人ディーターは世界各国から盗んだ錬金術の書を己の図書館に溜め込む。どの錬金術師もいつか自分のところにディーターが来るのではないかと恐れるがそれと同じくらいそんなむちゃくちゃなやり方で集められた図書館の本が見たいという矛盾した考えを持っているわけで。
  ダアトの第一位と呼ばれる彼を見た人はここ数百年いないらしい。番人をのぞき。
  世界中を好き勝手に飛び回っているディーターを見つけるのは容易ではない。番人も図書館の管理をしているだけで、彼と連絡を取れるわけではない、と聞いたことがある。ただ、世界各地にあるディーターの図書館は、番人が存在するものと存在しない物…すなわちディーター直轄の物、とに別れる。番人が手にすることが出来るのは己が持つ図書館のみ。それすら制限があるらしい。

 




「人に頼むには聞き方があるだろう」
 たしなめる大佐に胸ぐらを締め上げる俺。やっぱり男は泰然としている。にゃろう、と思ったが、媚びを売ることに躊躇はなかった。
「オシエテクダサイオネガイシマス」
「棒読み」
「教えて、大佐。なんでもするから」
「………………なんでも?」
「なんでも」
「ほんとに?」
「なに、大佐の狗になればいいわけ?やるよ、それくらい」
 ちょっとかわいこぶって首をかしげてみたら、目の前の大佐の瞳が一瞬見開かれたかと思うと、ふい、と視線を逸らされた。
 胸ぐらに当てられた手首をやんわり握られて、ゆっくり引きはがされる。
「…ちょっとほだされそうになった」
「ほだされろ」
「そういうわけにはいかない。欲しければ実力で手に入れればいいだろう」
 まあ、ごもっともではある。
 すとん、と机から降りて、肩を回した。

「分かった。出る、やりかた教えろ」

「なんで俺達がこんなもんに、とか言ってなかったねさっき」
「空耳だろ」
「…ほんと、大物になるよ君は」
 やれやれ、と溜息をつく大佐。
 そもそもこんな一回りも年の違う子供にこれだけ言いたい放題言われて言わせっぱなしの大佐もおかしい。普通上司と部下なら何かあるんじゃないか。何か。
 だからって、本当にそんな対応を取られるときっと俺はちょっと哀しいんだろうなあ…

「昼の1時に公園に集合。各商品番号に対応するヒントをその時会場で配る。後は制限時間内にその場所に置いてある筈の物を持ってきて、公園にいる係員に渡せばいい」
「ヒント?」
「まあ、暗号かな。ヒントはいろいろな人間に作らせたから統一性がない。子供も参加するからそんなに難しいヒントはないよ。…十三番以外」
 大佐の言い分を聞いていると、もともと十三番は特別な扱いのように思える。
「十三番は錬金術師以外が手に入れても楽しい物じゃないからな。まあ君と競う人間はみな錬金術師の大人だろう。勝てる自信はあるかね?」
「当然」
 けろっと返すと男は吹き出した。

「君らしい」
 なぜそんなに嬉しそうなのか分からないが、大佐が楽しそうだとこちらまで胸がむずむずしてくる。
「まさか、大佐、このために俺達を呼んだわけ?」
「それもある」
「なにそれ」
 大佐は立ち上がると、机を超えて、こちらまで歩いてきた。
 思わずたじろぐ俺を上から見下ろす視線。
 ぽん、と頭の上に手を載せられて、胸が締まった。

「…伸びないな」
「――――――――――な!」
「君の年齢ならもう少しみな背が高い筈なんだが」
「誰が小学生の平均身長だ!」
「明日の祭りはね、鯉のぼり祭なんだよ」
 思わず殴りかかった俺の拳をぱし、と簡単に受け止めると、そのまま掌を握りこむ。
 ぶんぶん振って引きはがそうとしたが、恐ろしいことに全く動かなかった。
「鯉のぼりってなんですか、大佐」
「東の方で五月五日に端午の節句というのがあるらしい、四月の末からその日まで、男の子がいる家ではそれを飾るんだそうだ。…アルフォンス。この小さいの五月蠅いから抱えてくれるか」
 じたばたしている俺の両脇をひょい、と大佐が抱える。

「――――――――――」
 あまりの屈辱に頭が異次元に持って行かれそうになる。
 とりあえず俺の殴る腕は大佐の顔には全然届かず。それでも胸当たりに打撃を加えようとしたのにこの男は拳を簡単に掴んだ上に、脇の下を抱えて幼稚園児みたいに弟に渡すんだぞ?
「ってかアルもそこでうけとんなよ!」
 よいしょ、とそのまま引き渡されて暴れるが、今のアルフォンスとは大きさが違う。ああ、はいはい、とスルーされた。
 両手から俺の身体が離れたことで、自由になった大佐が、机の上に置いてあったあの奇妙なオブジェを目の前に差し出す。
「…それ」
 大口開けた巨大な魚。川の字に水平に漂うこれ。こいのぼり。
「これが鯉のぼり。一般家庭の庭に旗みたいに吹き流し状に立てる」

 大佐の持つ鯉幟の魚は三匹。一番上が大きくて、真ん中、下に行くにつれ徐々に小さいものになる。
 一番上の金色の鯉幟と、二番目の黒い鯉幟、一番下が、赤い。

「公園に行けば見れただろうがな。司令部の玄関にもあったが見てないな、その様子では。まあ君の身長では見上げなければ分からないか。なんだったら今日の夜でも公園に行ってみればいい。ライトアップした鯉幟が公園の中と、川で泳いでいる筈だから」
「待て。なにげになんだか失礼なことを言わなかったか」
 君の身長では何とかかんとか、とか。
「はっはっはっ、持って帰るか、これ。私はもう一個持ってるからいらないんだ。鯉幟とは子供の成長を願って立てるそうだよ。ひょっとしたら君みたいな小さな子供の身長が少しは伸びるかもしれな………痛っ!」
 空中に浮いたまま、向こう臑を蹴り上げる。
 さすがに一歩たじろいで、座り込んだ大佐に、もう一撃を食らわそうかと思ったが、座って臑を触っている姿にやめておいた。
 アルフォンスに下ろされたのをいいことに、扉に向かう。
「行こうぜ、アル!」

 なんなんだ、会えば身長身長って!
「どうせ俺は小さいよ!気にしてるの知ってるくせにしつっこいんだよ大佐は!」
 扉を開ける直前で振り返って怒鳴れば、立ち直った男はやっと今起き上がったところだった。
「…持って帰らないのか?」
 未だにそのオブジェを手にしたまま振るのは嫌み以外の何者でもない。
「いるか!大佐のボケ!じゃーな!」
「明日は、一時だからな」
 謝りもせずに背を向けられて、むかむかと怒りが天井まで上がってきた。
「分かってるよ!」
 親の敵みたいな勢いで扉を閉める。
 どうせ小さいよ。どうせ子供だよ。
 だからって好きで身長が伸びないわけではないのに、なんであんなに馬鹿にするんだ。
「自分が一寸でかいからってっ…!」
 大声でぷりぷり怒りながら廊下を歩くエドワードの後をやれやれといいながら弟が着いてくる。
 あれは大佐なりのスキンシップなんだが、この兄は全く気がついていない。兄さんもそこまで素直に反応するからああやってからかわれるのだ。
 そうアルフォンスは独白するが、聞く相手は誰もいなかった。

(終わり)