黒の祭壇

黒の祭壇

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46(連載中)

 戦争終結。


 朝刊の一面に、大きな文字でそう記述されていたのを見た途端、エドワードはその場にへなへなと崩れ落ちた。
 新聞には号外も挟み込まれており、号外は、戦争の発端、内情、歴史などが年表になって印刷されている。
 アメストリスが一応勝利の建前だが、基本的には和睦らしい。お互い疲弊するだけの戦争にはもう、疲れていたのだろう。
 もの凄い勢いで文字を読み込みつつ、エドワードは次から次に新聞を捲る。
 今日は他の情報は何一つない。天気予報以外は、全てが戦争の記事だ。
 アメストリスの新聞だけあって、内容がアメストリス寄りではあるが、記者が興奮を抑えながらも抑えきれずに筆が乗ったのか、終結を喜ぶ記事がそこかしこにあった。

 冷たい玄関に座り込むと、石作りの床から、氷のような冷たさが、響いてくる。だが、膝にかかる痛みなど気にもならなかった。
 目を皿のようにして、奴の名前を探す。探す。探す。

 それはすぐに見つかった。
 三面見開きを使って、今回の戦争で活躍した軍人の顔とリスト、戦功がずらりと並んでいる。
 その中にある、ぼやけた男の顔写真を見て、エドワードは震える手でその紙を撫でた。

「いた……」

 そこには、白黒の写りの悪い写真と、奴の名前。
 そして、彼の戦争中の功績がずらりと一覧で並んでいた。
 他の軍人とは桁違いに多いその戦功。人々が英雄と褒め称えるわけはここにあるのだろう。
「……嬉しく、ないんじゃねえかなあ」
 もう数年も前の記憶だけれど、あのおっさんは嬉々として人を殺す人間には見えなかった。誰よりも命の価値を、エドワードに説いたのは彼だ。
 そうでなければ、こんな孤児の俺にあそこまで勉強させたりなどしてくれなかっただろうし。
 新聞の記事を読み進めると、パレードのような物は行なわず、各軍人は、状態に合わせて、故郷に戻す、入院、軍部で勤務、聞き取り、勲章授与などをすることがわかった。
 おっさんが怪我をしたという記事がないため、おそらくは、軍部で勲章授与をされるような気がする。
 つまりは、勲章授与などが終わったら軍から出て帰宅するわけで。
「……」
 頭の中に花が開くように沸いた願いは、目を逸らそうとしても、眼前につきつけられるだけで動かない。

 ――会いたい。

 喋れなくてもいい、顔が見たい。遠くからこっそり眺められたらそれだけでほっとする。
 なんといってももう数年、生きて動いてるおっさんを見ていないのだ。
 新聞記事では見ていても、実際の姿を網膜で捕らえていない以上は、ひょっとしたら、軍部の嘘かも、と言う疑念をぬぐい去れない。なにせいくらでも紙の上では捏造が可能なのだから。
 パレードもやらないということは、表舞台に彼が出てくることは当分なかろう。
 戦争の英雄ということは、同時に彼を狙う人間も増える。ドラクマの残党の攻撃を最も警戒するべきは、ロイ・マスタングと大総統だ。
 心臓は勝手に早鐘を打ち始める。
 今日の予定が頭の中で展開され、その中に、隙間時間を見つけてしまったのが、エドワードにとっては、喜ばしくも苦しくもある出来事だった。
 思わず新聞を握りしめてしまい、びりりと紙が破れる音がする。
 もう、頭の中は、会いたい気持ちが膨れあがって、爆発しそうなくらいだ。
 こんな衝動を抱えたのはいつ以来だろう。
 たしか、あの男が、戦場に行く、と知った時以来だ。
「一度、見れたら……」
 それだけでよかった。
 今更名乗り出てどうのこうの、というつもりはない。無事であると確認できれば、満足なのだ。
 もしかしたら手や足や目を失っている可能性だってある。
 ――それを、軍が隠匿している可能性も。
 だから、確認したいだけ、それだけ。と自分自身に言い聞かせる。
 何で言い訳が必要あるのか、自分でも薄々分かっていた。だから、本当なら会える資格などはない。そんな自分が唯一、このくらいなら、と己をごまかせるギリギリのラインが、「黙って見に行く」なのだ。
 一度会うことが出来たら、もうこれ以上、彼に関わることもないだろう。
 後日無記名の手紙を一通送るくらいはあるかもしれない。
 字体は子供の頃とかなり変わっているから気付かれることもない。
 ……いや、それ以前に、覚えていないだろう。何年前の話だと思っているのか。

 新聞を持って立ち上がる。
 時間が取れるのはせいぜい二時間が限度だ。後は素知らぬふりでここに戻って働かなければならない。
 でも、そのくらいがよかった。いくらでも時間を与えられたら、それこそ一日軍部の前で座っていたかもしれないのだから。

(終わり)