黒の祭壇

黒の祭壇

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「もう、人ではなくなってしまったよ」
「――――――――――」
 笑う男に、後悔はない。ただ、己を馬鹿だな、とあざ笑うように背を抱く。
「君を取り戻そうと思って。扉を開けずにこちらに来る方法を探した。思えば、錬金術はこちらから力を貰っているんだから人が通るのでなければ、この世界とアメストリスに扉はないんだ。純然たる無機物か何かであれば、通るのかもしれないと考えたのが最初」
 ほんわりと、優しい匂いに包まれる。
「何年かかるか分からないから、まず自分が死ぬわけにはいかないと、その研究で5年かな。後は君に死んで貰っては本末転倒なので、君に同じ術を掛けるのに時間がかかった…」
 100年後に完成したって、君が死んでいては意味がないのだと。
「四大元素とあとは時空の研究をした。君があの頃の姿のままでほっとした。自信はなかったが、術は掛けられたんだな。あの時」
「あの、夢」
「夢じゃない。あの時君はアメストリスの世界に来ていた。錬金術はこちらでは使えないようだから、君が来てくれないと駄目だった。でも…有機物は通り抜けられないから」
「魂、だけ」
 ああ、だから触れなかったのだ。
「これからが大変だったな。50年以上かかってしまったよ」
 ゆっくりと、密着した身体を剥がされそうになって、エドワードは瞬時に、嫌、と思った。
 離されそうになったのに抵抗して、ぎゅうと握り締める。離れると思っただけで、背筋に悪寒が走ったのだ。
 戸惑う男の、柔和な声。
「…鋼の」
「うん」
 何十年ぶりだろう、その呼び名。
 もっと呼んで欲しい。その名前は、あんた以外の人間から聞くことはなかった。
「…君が、もう新しい生活を歩んでいて、私のことなんか忘れて、家族と一緒に住んでいるかもしれないと思った」
 ちらりとロイは眠る子供達に目をやる。こちらも釣られて床に座った孫達を見た。何故か全員睡眠薬でも嗅がされたかのように眠りに落ちていて。
「私のせいで、年を取らなくなっただろう?天寿を全うするのが正しい姿で、私はとうにその輪から外れた。…君も、巻き込んで」
「俺、死なないの?」
「思考がすり減るまでは」
 精神の摩耗だけは防げないと大佐は言った。
 エドワードには、男と違って、心音はあった。
 病院でも20代の身体ですと言われるだけで、どこもおかしなところはなかった。
 でも、そうか。術をしかけられていたのだ。とうの昔に。
「なんだ、じゃあ俺、ずっとあんたのものだったんだ」
 50年以上、ずっとこいつのものだった。
「鋼の、…いや、エドワード」
 男の声を聞いていたら、脳がぼうっとしてきた。夢と現実の境目があやふやになる。
 見上げると、男は一瞬懺悔をするためにか目を閉じた。
「君が好きだ。…………愛している」
 一言。
 飾りもなんもない陳腐な台詞で、エドワードの身体の全ては持って行かれた。漠然と身体が震えを起こす。歓喜だ。
 あり得ない世界からの、あり得ない言霊。渇望して、絶望した言葉。
「俺も、ずっと…」
 今も、昔も。多分これからも。
「結婚しても、子供が出来ても、頭の中はあんたばっかり。…ずりぃよ、迎えに行くなんて言われたら、忘れられねえじゃん」
「鋼の」
 もっと見ていたかったけれど、俯いた。
 情けないことに、あんなに言いたかった言葉なのに、これを言えば、夢が覚めそうで怖いのだ。
「大佐、…ロイが、好き。ずっと好きだった、今も」
 言えなかった言葉。
 いつか言えると、あの時は思っていた。こんな未来があるなんて思ってもいなかった。
 もう、いやだ。
 もう我慢できない。離れるなんて、そんなことしたらきっと細胞が壊疽する。
「つれてけ」
 もう一度、しがみつく。
「あんたが迎えに来るの、待ってた。今更、置いていくなんて言うなよ」
 聞こえない心臓の音。
 俺を捜すためだけにここまでした男。人の輪廻を外れて、一体何を無くしたのか。それこそ大総統の地位だって捨てたんだろう。そうでなければ、ここにはいまい。
「いいのか?」
 躊躇いがちに載せられた声に、ぺし、と頬を叩いた。ロイは、目を彷徨わせる。
「…だって、孫もいるんだろう」
 もう一度叩く。
 焦れったい気持ちで胸が揺れた。
「今更、何いってんだよ!あんた!ここまで、ここまでして!今更何躊躇ってんだ馬鹿!攫ってけよ!ここまでしたなら最後まで貫け!」
 どんどんと胸を叩いた。
「俺はあんたとキスがしたいの!」
 恥ずかしい台詞なのは分かっていたが、脳の回線はもうどこか変な繋ぎ方をしている。
「キスしたいし、抱いて欲しいし、側にいたいんだよ!」
 なにを身も蓋もないことを言っているのか。
 直接的すぎる。
 そのまま胸に埋まった。
 抱いて欲しい、ってなにそれ。ちょっと待て。そんなこと考えていたのか俺。
「…いくらなんでも」
 大佐の、震える腕が、エドワードの肩を掴む。
「積極的すぎだろう」
「だって、俺ずっと飢えてたから。いつか俺を迎えに行こうとのんきにしてたあんたと違って、一生会えないと思って、死ぬのを待ってただけだから」
 だから切羽詰まりようが違うんだ、と告げた。
「――――――――――」
 男はもう、何も言わなかった。
 ただ、俺の頬を挟んで、優しく額に唇を落とした。
 ぼう、と周囲の空気の色が変わる。
 ゆるやかな温もりと、満ちる光の洪水。
 …アルフォンスを錬成したとき、己の身体から漏れた、赤い赤い、光が宿る。
「では、攫っていく。…なあ、鋼の。本当に」
「――――――――――うるさいっての!」
 いい加減にしろ、との叫び声の後にぺちん、と何かが殴られた音が光の中から漏れ―――――――――

 眠る子供達が目を覚ましたときには、もう大好きなおじいちゃんはどこにもいなかった。

 



ネタバレにつき反転
100歳のエドが日本にいて孫がいるというオチにはあまりにも涙が出そうだった。
それでいいの?幸せなの?
結局死ぬまでウィンリィにも会えなかったってわけで、懐かしそうに写真を見てるのはいいけど、
本当に帰らなくてよかったのかと。ロイとも永遠に会えないままっていうのが一番のショックで。
というわけで超こじつけで妄想のまま強制的にロイエドにしました。ちょっと気が落ち着いた…
つっこみどころ満載なのはわかっているので、突っ込まないでいただけると助かります…

 

(終わり)