黒の祭壇

黒の祭壇

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『30番~45番は終了しています。現在残っているのは、10、13、49…』

 九回目の放送を聞く。これで最後だ。
 あと三十分以内に見つけないと、終わらない。

『なお、終了まで残り三十分を切ったため、これからは発見した番号はその都度放送いたします』

 と、追加の放送が聞こえてきた。
 アルフォンスと二人、万策尽きて、ちょっと壁に凭れたまま、エドワードは塀に腰を下ろして、ちょっとだけぼんやりしてみる。
「アルぅ…」
「なに、兄さん」
「俺達って、頭悪いのかな」
「僕はともかく兄さんはかしこいよ!」
 でも全然わかんねえもん。
「とりあえず今の段階で十三番がまだ残ってるって事は、僕たちより賢い人も未だいないって事だよ」
「はは」
 そういえばそうだ。俺達以外誰も見つけてないって事はそういうことだ。
 俺達が頭悪いなら、他も頭が悪いと言うことで。
 …と、考えると一番頭いいのは大佐?それもむかつくな。
 もし俺が同じ事をするなら、大佐用にすんげえ意地の悪いヒントを作ってやろうと切実に思った。

「とりあえず、一回広場まで戻ってみようよ、初心に返るのって大切だし」
 ここから五分もかからないし。
「そーだなー」
 行き詰まっていたので、あっさり賛成する。
 後、三十分あるのだ。諦めたくないし、諦める気はない。
 最初にぼんやりしていた橋まで戻ってきた。今更この辺にあるわけがないが、橋の下を覗き込む。
「よー大将、調子はどうだ?」
 背後から陽気な声。
 …軽いデジャブが襲ってきた。



 振り返るとやっぱりその声の主はにこにこ笑って、今度は両手に巨大な凧糸を持っていた。
「あと三十分で終わりだぜ?」
「わかってるよ」
 でも解けないのだ。あー情けなさ過ぎる。
 シンプルで単純すぎる。その為解法がたくさん浮かびそれを一個一個試す時間が足りないくらいだった。多分50個は容易に閃いたそれを一つ一つ潰すが、最終的にはすべてが駄目だったときに、少しだけ、手詰まり感を感じたのだ。
「まあ大佐も、最初は大将を祝うぞ、とか言ってたくせに本人困らせてりゃ世話ねーよな」
 わはは、と笑われて、心臓が嫌な音を立てた。
「…………え」
 アルフォンスの声に、ハボックが、は、と言って笑いを止める。
「え?なんだ、知らないの?」
「…なにが」
 心臓がどきどきしてくる。ああ、なにかこれを聞いてしまうと、俺は取り返しの付かない溝にはまるんじゃないかな、と言う予感。
「もともと鯉幟の話を聞いたのは東方からのお客さんが来たときでな、男の子の成長を祈るって話を聞いたら、大佐、真剣に「これで鋼のの身長が伸びるだろうか」などといいだして。最初はなにかまた馬鹿なこと言ってるとか思ってたんだけど、本気でここまでするから呆れたというか…まあ、市民は喜んでるけど」
 馬鹿だよなあ、と言いながらも愛しくて仕方ない、と言う笑み。
「…俺の身長」
「伸びねえの、大将以上に大佐も気にしてっからな。あんな年で機械鎧なんかしてるからだろうか、とかこの成長期に 伸びないと大変なんではないか、とか。まあ、健康診断の結果を並べて唸ってたけど」
 ぎぎぎ、とアルフォンスの顔がこちらを向いた。超怖い。

「兄さん」
「いうな、言うなよ!言いたいことは分かってるから!」
 アルフォンスの方は向かずに、ハボック少尉を見ながら、返答した。
 いじわるでもなんでもなく。
 あの男は単純に俺を心配して、…こんな馬鹿な祭りをしたのだ。
 そんな大佐の向こうずね、蹴ってばかばか言って逃げちゃったよ、俺。

 差し出された好意を、勝手に曲解して、悪く受け止めたのは自分だ。手渡された置物までも、いらないと断った。
 多分、単純に男は心配していたのだ。
 濃密な蜂蜜のような濁りが、喉の辺りを流れ落ち、胃で止まる。己のしたことの残酷さが、その濁りなのだ。

「ところで、大将、鯉幟見なかったか?」
 エドワードの内心の動揺には全く気がついていないハボックが問いかける。
「…ここにいっぱいあるじゃん」
「そうじゃなくて、金色の鯉幟。ほら、そこの川に流れてたんだけど、見なかったか?」

 指さされた橋の下には、橙や赤の鯉幟がそよそよと泳いでいるが、確かに金色は見えない。
 ぐるりと川縁を見渡しても、一匹も金色はいなかった。
「いろんな色の鯉幟がいると思ってたけど、…よく見ると、金色っていないね」
 アルフォンスに頷くハボックは、ああ、そりゃあ、と煙草を口に挟む。
「金の錦鯉は三つしかない、って大佐が言ってたぞ」
「――――――――――なんだって?」
 詰め寄るアルフォンスと俺。
「黄金はもったいないから人に見せたくないんだと…何考えてるかなんとなくわかったけど」
 遠い目をするハボック。顔を見合わせる俺とアル。

「川を流れてた金の鯉幟は今はいないんだよな」
「あ、ああ、何処に行ったか捜索中」
「少尉、あと二つどこに金の鯉幟があるか知りませんか?」
「え、え~?」
 二人の鬼気迫った様子に、煙草を口から離して、ハボックが天を見上げてううんと唸った。
「一つは東方司令部の玄関にでっかいのがあっただろ。見なかったか?」
「…みてない」
「まあ立てたの昨日の夕方だし、大将達はタイミング的に見てないかもしれんな。一つはさっきも言ったように現在行方不明のその川流れてたやつ。で、もう一つは…」
「もう一つは?」
 ごくりとつばを飲み込む俺達。
「しらん、みたことない」
「えー!なんだよそれ!役にたたねえの!」
「知るかよ!見た事ねえもんは見たことねえ!」
 あんまりな言われようにハボックがぶうぶうと抗議する。
「大佐から聞いてないんですか?」
「聞く必要もなかったし」
 まあ、そりゃそうだ。黄金の錦鯉が何匹何処にあるかなんて、仕事に全然関係ない。

 ポケットに突っ込んだままだった東方の地図を出して、地面に広げる。
「錦鯉が三つで、ひとつがここで、もう一つがこの公園なんだよな」
 地図のその地点を指させば、弟はざざ、とその点をなぞった。

「…三つ揃えば三角形」

 大きな溜息が二つ。
「やっぱり、俺達馬鹿だ」
「せめて金色の鯉幟を一匹でも見たことがあったなら気がついたかもしれないけど、全然見てないしね」
 金色の鯉幟なんて、無いのかと思ってた。
 鯉幟は三つ揃わないと三角形にはならない。その三角形の真ん中が最後の黄金なんだろう。
 二つは分かったけど。

「…もう一つ、どこかにあるんだよな」

 いらいらしながら時計を見る。あと二十分。本気でまずい。
 今の二点の幅から最後の一点がどの範囲にあるかはある程度絞られるが、もし思ったより巨大な三角形だったとしたら、二十分で間に合うわけがない。
 いや、1km圏内にあるんだ。走れば間に合わないこともないか。
 東方司令部の玄関で泳いでたなんて知らなかった。昨日はぷりぷり怒って司令部を出たから周りの風景なんか、目に入れてもなくて。
「……ん?」
 今、脳の鍵盤を誰かが叩いた。

(終わり)