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「おーい、大佐ー。いい加減立ち直れよ~」
「……五月蠅い。私がこの数時間どんな気持ちでいたと思うんだ」
「だって、あんたが早とちりしたんじゃねえか」
「――――――――――早とちりもするわ!よその将軍にまであんな事言われて!」
ソファーに沈没していたロイががばりと起き上がって力説すれば、エドワードは、わはは、と笑った。
「笑い事じゃない!」
「だ、だって…さっきまでのあんたの顔ったら……!」
「…………」
どうやら素敵につけいる隙を与えたらしい。子供は思い出し笑いをしている。
「そもそも下士官用の仮眠室が少ないのが悪いんだろ」
「……前から、希望はあったんだが最近なかったから解消されたのかと思ってたんだ」
はあ、と溜息をつけば向かいのソファーの子供も真似をした。
「そう?俺はいつも聞いてたけどな。男性下士官用の仮眠室はベッドの数が少なすぎるって」
事の顛末はこうだ。
男性下士官の仮眠室は、ベッド数が少ない。
時折軍部にやってきたエドワードも仮眠室を借りることがあるのだが、エドワードがベッドを一つ占領し、もし満室になったとしたらそれ以降の人間は我慢することになる。
「大佐達は自分の部屋に仮眠室があるからわかんねえんだよ」
ちら、と隣の仮眠室に続くドアに目線を向けられると、少し気まずい。
個室のある上級士官は、各々の部屋に仮眠室が付属している。暗殺防止のためだ。だが下士官にはそんなのは必要なく、だだっぴろい部屋にベッドが並んでいるだけだ。
「俺、ち……こ、子供だからさ、寝るだけならベッドの端っこ貰えればそれでいいんだよ。一つ占領するのも申し訳ないだろ。ベッドは大人用だから俺が寝ても場所は余るし」
小さいと言いかけて思いとどまったらしい。
「だが、他の人間はそれでいいのか…?」
「みんな暖かいから大歓迎って言ってたぜ。それどころか本当なら少佐待遇の俺にはベッドを譲らないといけないはずなのに、それでいいなんてありがたいって」
「…………どうりで、ベッド増設要望が消えたのか」
「や、ベッドは少ねえと思うよ俺」
エドワードは反論する。それは正しい。少ないのだろうたしかに。
だが今の下士官(多分独身男性)はベッドなど増えないでいいのだ。そっちの方が都合がいい。
小さくて綺麗でかわいい子供が同じベッドですうすうと寝ているのだ。抱き枕にしても寝ぼけているのかと思って文句は言うまい。密着しても狭いベッドだからですまされる。寝言を言ったり擦り寄ったりしてくるのかもしれない。
思わず自分がその幸運に恵まれた下士官だと妄想してみたら、下半身が反応しそうになった。
――――――――――と、いうことは多分他の奴らも同じだ。
「ははははは……」
乾いた笑いが漏れる。
あの野郎共許さん。きっとこれは下士官達の間だけのささやかな秘密だったのだ。たとえ南方や西方にばれてもロイだけにはばれては困ったのだ。
ベッドを増床される可能性があるから。
「鋼の。金輪際男性用下士官の仮眠室で他人と一緒に寝ることは許さない」
「え、なんでだよ!」
「上官命令だ」
「こういうときだけ権力振りかざしてんじゃねえよ!だいたいベッドの数が少ないせいだろうが!」
「ベッド数は増やす」
「え。マジで?」
「ああ。明日にでも見積もりを取らせて業者を手配する。だから君がベッド数が少ないからって遠慮して他人と寝ることはない」
「……まあ、ベッド数が足りるなら普通に一人で寝るけど」
納得したのか、浮きかけたエドワードの腰がすとんとソファーに戻る。
「それから、ベッド数が増えても、君は下士官用仮眠室で寝るな」
「なんでだよ」
説明するのがめんどくさいので、上官命令で押し通したかったが二度は通用すまい。
「一応少佐待遇の人間が下士官用で仮眠するなどと、示しがつかない」
ぐう、と詰まった反対側のソファーの感覚。そう、この子は理屈で押されると弱いのだ。
立ち上がって、カーテンを開けた。
部屋の中に昼の熱気が戻ってくる。いきなり鮮明になった視界に、エドワードが一瞬目をすがめた。
「でも、俺、専用の部屋ねえもん。軍人じゃないし。どこで寝ればいいんだ?」
「ここで寝ればいい」
「へー、ここで……――――――――――って、大佐の仮眠室!?」
「そうだよ」
振り返れば、エドワードはソファーから立ち上がって目を丸くしている。
「大佐が寝れないだろ」
「君、自分で言っていたじゃないか。自分一人が寝てもベッドの場所は余るんだと」
「……大佐と一緒に寝ろ、って?」
「私はかまわないよ。君は暖かいんだろ?」
「………………そんなわけねえよ、俺、冷たいはずだし」
どうやら腕と足の機械鎧の事を言っているらしい。
「そんなことはないと私は思うがね。彼らが言っていた暖かいというのは多分そういう意味ではない」
「どういう意味だよ」
「君は知ってるはずだがね。君の隣にはいつも暖かい鋼が居る」
「……あ」
簡単な謎かけに、子供はあっさり回答に飛びついた。ある意味頭が良すぎるのも困りもので。
アルフォンスは冷たくなんかない。鎧は冷たくても側にいれば暖かい。エドワードがそれに気がついてないわけがないのだ。
「まあ、私はまだ仕事があるのでここにいるが、仮眠したければ隣を自由に使いたまえ。私がいなくてもかまわないから東方で仮眠するときは必ずここを使うこと。いいね?」
「……何か納得いかねえけど、わかったよ」
しぶしぶ了承の言葉を漏らしたエドワードに、あの時ロイが内心でガッツポーズをしていたことを彼が知るのはもっと先の話だった。
(終わり)
