9(連載中)
「右手と左足はどうしたんだね?」
マルコー医師は聴診器をあて終わった後に、エドワードにさらりとそういった。
「え?」
ただ単純に驚いて問い返したエドワードの頭を撫でて、重ねて言う。
「かばって歩いているだろう。動きが鈍い」
「…………」
誰にも言ったことがなかったのに、医者は凄い。あのわずかな動きだけで見抜いてしまったようだった。
「昔、ちょっと折られて」
左足をぷらぷら動かしたが、特に動作に支障はない。ただ右に比べて可動域が狭いなと感じていた。
「自力でなおしたのかね?」
「固定してただけだけど」
「医者には?」
それには首を横に振った。そんな金があれば弟を連れて住み込みで働かせてくれなんて頼んでいない。
そっとエドワードの右手に触れて、マルコーは肘を上げ下げする。
「少し妙なくっつき方をしている。固定が甘かったんだろうね。今はいいけれど、この調子で何年も経つとおそらく痛みが出てくると思うよ。あまり無理はしないように」
「……はあ」
とりあえず弟がそこそこの年齢になるまで持てば手足などどうでもいい。
「それよりアル! アルは平気なんですか先生」
診察台に載せられたアルは、今は気持ちよさそうに眠っている。二人してそのあどけない寝顔を暫し観察していたら、マルコーはくるりとエドワードの方にむきなおって指を立てた。
「心配は全くない。とても健康だ。栄養も足りている」
「…………よかった…」
ほっと胸を撫で下ろす。ある程度育った自分はいいが、赤ん坊の頃の栄養不足は致命的だ。だからなにがなんでもと弟の食事だけは確保していた。
それでも一般の赤子よりは少ないと思っていたから不安だったのだ。
思わずうきうきと笑顔になったエドワードに、マルコーは溜息をついた。
「ただね、君そんな調子で弟にだけ栄養を与えすぎだよ?」
「……へ?」
「君の栄養が全然足りてない。ここに住むようになってから改善されているようだけどね。君が年齢の割に小柄すぎるのはそのせいだ。弟だって大事だが、君の身体だって大切なんだよ。赤ん坊に栄養は必要だけど、十歳児にも必要なんだから。君はその貴重な栄養をすべて弟に与えてしまっているんだ」
「……はあ」
頷いては見たが、実はよく意味が分からない。
だって、食事は二人の腹を満たすほどなかった。と、すれば弟に与えるのは当然だろう。体力がないのは赤ん坊の方だ。
納得せず頷いたのを感じたのか、再度マルコー医師は溜息をつく。
「エドワードくん。君はお兄ちゃんだけど、子供だよ。大人じゃないんだ」
「……?」
やっぱり、わけがわからなかった。
子供なことくらい分かっている。大人だったらとうの昔に仕事を見つけているだろう。子供だったから見つからなくて、子供だったから親が死んだときに一人で生きていけなかった。お医者さんに言われなくてもそんなの否という程理解しているのに。
マルコー先生はいいお医者さんだけど、時々言葉の意味が分からない。それこそが俺が子供な証拠だと思うんだけど。
寝ているアルフォンスを抱え上げたら、むずがった弟が小さく声を上げる。
いつも腕に抱いてるから、まるで自分の一部みたいだなとエドワードは苦笑した。
(終わり)
