黒の祭壇

黒の祭壇

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70(連載中)


「どうしたんだよ」
 ちらりと、ロイの隣に立つ女性に目をやりながら、呟く。
 女性は、俺と同じくらいと思われる若い女の子だった。腰まで伸びた金色の髪の毛と、小さな顔と艶やかで小柄な身体。骨張った自分とは全く違う、少女の姿は、この店にはあまりいて欲しくはない。
「悪いけど、女連れなら他の店行けよ。場所だけの提供なんて、してねえぞ」
 精一杯の強がり。
 ロイを不安そうに見上げる彼女の姿は、いろいろとお似合いで目眩がした。
 一ヶ月ぶりの再会で女連れてくるとか、デリカシーのなさに怒りを通り越して笑えてくる。

 ……分かってはいたことだ。

 あいつが俺なんかに本気になるわけがなくて、好きだなんて言うのもリップサービスなんだろう、って。
 一ヶ月の空白があったおかげで、覚悟が出来ていて幸いだったかもしれない。

 ――だからって、いきなり女連れてくるのはどうかと思うが。

 おかげで脇腹痛いし、心臓痛くて実は座り込みたいし、気を抜けば泣きそうだし。
 ――相手は、俺を苔にしてるつもりはないんだろう。単にこっちの気持ちが、一方通行で重かっただけ。
 短い数十秒の間に、それだけ考えてしまえたのは、脳がなんとか、傷つかないようにとする防衛本能だったのだろう。
「いや、今日はお願いがあってきたんだ」
「お願い?」
 そう言うと、ロイは隣の少女の肩に手を置いた。

 ――あ。

 神経の一本が切れた音がする。
「彼女をこの店に置いて欲しい」
「……え?」
 今度こそ、脳の血管が切れた。
 何言ってんだこいつは。
 再会した喜びも忘れて、怒りが込み上げて熱が上がった。
「こんな、俺と大して年違わない女の子、店に出せって言うのかてめえ!」
 好きな男が言うことでも、物事には限度という物がある。
 あのハクロですら、少女を店に出そうとはしなかった。俺はどうでもいいそうだが。
 怒りで声は押し殺した物になった。
 そろばん投げなかっただけ耐えた方だ。散歩踏み込めば、奴の頬をぶっ叩ける。
 そうだ、叩いてしまおう。個人的な恨みもあるし、ちょうどいい。
「ああ、そんな顔で睨むな。違う違う。店に出すわけじゃなくて、ちょっと匿って欲しいんだ」
「……匿う?」
 二歩踏みだし、拳を振り上げたところで、男に止められた。
 右の手首を掴まれ、下ろされる。
「実は彼女、とある事件の重要参考人でね。軍で保護しているのだが、軍にどうやら共犯者がいるらしく、安全ではないんだ。裁判の始まる二週間後まで、身を隠して置いて欲しくて」
「……なんでうちなんだよ」
 掴まれた手首を振り払う。男は肩を竦めた。
「木を隠すなら森の中。普段の私と、この場所は接点がないから、気づかれにくい。それに君なら、確実に彼女を守るだろうと思ってね。鍛錬は怠ってないのは、この前少し触っただけでも分かったし」
「……っ!」
 一気に熱が上がった。
 その言い方はずるい。いつ触ったんだと思ったが、あの時しかありえない。
 そして、俺はもっとずるい。
 少女の境遇を考えれば、そんな場合ではないのに、ほっとしている。
 ……彼女かと、思った。違ったのか。

「分かったよ。でもこの店、いつも人手が足りないから、住むなら働いて貰うけど、それでもいいか?」
「――もちろん。彼女もそれを望んでいる」
 やっと男にほっとした笑みが戻る。それを見て、まあいいか、と思ってしまうのだから、惚れた弱みを握られているのだと自分でも情けなくなる。
「あの、エドワードさん。よろしくお願いします」
 さっきまでロイの隣で黙って立っていた少女は、そう言ってぺこりとお辞儀をした。
 彼女は、自分の事を、シャーロットと名乗った。

(終わり)