黒の祭壇

黒の祭壇

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白い傘

 仕事は終わった。
 だがそれはすでに複数の死者を出した後の話で。
 犯人が人質を取り、立てこもったと連絡があったのは昼過ぎ。説得を繰り返し決着が付いたのはすでに夜。
 強行突入し犯人は捕縛したが人質は死んでいた。
「大佐のせいではありません」
 優秀な副官はそう言い、部下は
「そうっすよ!だって俺たちが駆け付けた時にはもう…」と言って唇を噛んだ。
 だが親は納得しなかった。きっと彼らにもどうしようもなかったことだと分かっていたのだろう。でも自分の一人娘が殺されて怒りをぶつけられる対象が欲しかったのだ。
 だからロイは甘んじてそれを受け入れる。それで彼らの気がすむのなら。

 そして雨が降り出した。

 最後まで残っていたロイだけがその被害にあったのだ。


 どうしようかなと思いつつバス停のベンチに座る。バスは10分後。軍服のままこんなところに座っていたら数分で濡れ鼠。
 分かってはいたが今はタクシーを止めるのすらも億劫で。
 なにもかもが面倒になるときというのがある。たいてい精神的ダメージを食らっている時だ。
(かわいい子だった)
 シルバーの髪はさらさらと。瞳は灰色。顔立ちは綺麗で。
 末は美人になっただろう。あんなところで薬に狂った男に首を締められるようないわれはない。



 ぼんやり死んだ少女のことを思う。
 反対側の歩道には傘をさした人達がゆっくり歩いていて、その中の一つの小さい傘がくるくるまわっていた。
 白い傘。
 少女が着ていたワンピースの色。
 雨の中の純白。
 無垢の白傘を回転させて遊びながら横断歩道を渡る子供の赤いコートが血の色に見えた。
(…いやな組みあわせだな)
 人形みたいに端正な。黄金の毛並と真紅の布。大人にはもう持つことを許されない雪白の傘。
 す、とロイの目の前に落とされたその白磁は汚れた大人には許されない色だ。
「…なにしてんの?」
 金の子供が傘を差し出して呟く。
 ……鋼の。
 君みたいに純潔でないと、それは持てない色だ。自分が持てばきっと色が変わるだろう。



「ただでさえ雨の日無能のくせに、発火布びしょぬれにしてどうすんだよ。超無能にレベルアップしたいのか?」
 ベンチに座るロイの手を取ってその手袋をひっぱる子供。
 腰をかがめてこちらに傘を差し出せば自分が濡れてしまうというのにそこは頓着しないらしい。
 口でいくら皮肉を言っても行動が裏切っているのにそこには気がつかないんだろうな。
 ぱたぱたと水滴が傘から落ちて彼のコートを濡らす。ロイに傘なんか差し出さなければ君こそびしょぬれになんかならないのに。
 ゆっくり手を伸ばして彼の手の甲を包むように握り締めた。傘の柄を持った手のひらごと拘束された子供の指がぴくりと揺れて。
「…冷たい」
 なんだか拗ねたような顔で彼はそう言ったけど、その手を振り切ったりはしなかった。
 抱き締めたいなと思って。びしょぬれになるからとやめて。
 せめてとロイの手袋を外した子供がまだ包まれたままの自分の手を見て途方に暮れながら
「…そうやって俺の手あんたが持ってると、乾かせないだろ」
 なんて少し不機嫌そうに言うので。
 その手を取ると、額に当てた。

 いない神でも、祈る。

 神様この子が。
 この子の傘は永遠に純白でありますようにと。



 バスが着くまでロイは黙って目を閉じて。
 困った子供は何故かその手を外せずに、ベンチに座る弱った男の前にただ立ち尽くしていただけだった。






(終わり)