51(連載中)
身請けされる女性はたくさん見てきた。
うちの店では相思相愛ではないとそんなことは許さないので、姉ちゃん達の意見次第で許可してきた。
その理論で言うと俺の場合、は断固拒否、しかないのだが、相手が悪すぎる。
さすがに血の気が引いて頭真っ白になっている俺の手を掴んだまま、レイブンはなんかいろいろと言っていた。
耳が理解を拒否して、入ってこない。
「だから、エドワード。おまえはもう店に立つ必要もないんだ」
「はあ」
こいつ何言ってるんだ。俺はそもそも店に立つ必要はなかったわけで、そういう風にさせたのはあんたの部下なんですが。
「これからは私の家で」
「……えーと、ちょ、まてジジイ。つまりなんだ、俺はあんたに身請けされてあんたの家で暮らせと……」
「さっきからそう言っているだろう」
「……」
哀れみの籠もった視線で見つめられ、ちょっとむかついた。
悪いけど俺の方が絶対まだあんたより頭いいと思うんで、その顔やめろと言いたい。
「いやいやいやいや、あんたただの客だろ!? 俺ただの仕事!」
仕事の間だけでも恋人の気分を味わって貰ってどうのこうのとかお店の心得にあった気がするが、今だけ都合よく忘れることにする。
「だからもう仕事なんてしなくていいんだ! 退職金で家くらい買えるから郊外に一軒家でも買ってのんびり」
「――てめえご自慢の家にいろいろ連れ込んでるって話、俺だって聞いたことがあるぞ! てめえがのんびりなんて出来る玉かよ!」
レイブンの素行はあまりよろしくない。俺のところに入ってくる話だけでも、うげー、と言いたくなるような内容ばっかりだった。
「おまえが望むなら別れるし、もう連れ込まない」
「望んでねえ。むしろこれまで以上に頑張って俺の事はさっさと忘れて欲しい」
きっぱり。
誰が誰を望むとか、頭沸いてるんだろうかこいつは。
こいつさえ、こいつさえいなければ、姉ちゃん達を泣かせたり、ハボックさんに奥の手を出させたりせずに済んだし、この俺のどうしようもない罪悪感もなかったのだ。
敬語なんて綺麗さっぱり忘れた。レイブンは素の俺の拒絶を見ても、何も言わない。このまま話が進むくらいなら、どうなってもいいや、という捨て鉢な気分にも少しなってしまう。
軍の上の方に行けば行くほど、周囲の人間は非難しなくなる。出来なくなるのだ。
イエスマンに囲まれ、自分は誰にでも好かれていると勘違いした男の末路が――これだ。
プライベートでレイブンと会ったなら、スレ違いざまに回し蹴りを入れたあげくにご自慢のブツを切り落としてやりたいくらいだが、それほどの嫌悪を俺が持っているとは、こいつは欠片も気づいていないのだと、今更ながらに実感して溜息が出る。
仕事じゃなければ、笑顔一つ見せてやるわけ、ないのに。
「とりあえず、冷静になって考えろ。あんた好きなの少年だよな」
「ああ。少年はいいねえ。若くて綺麗で、少女より絶対少年だな」
奴は顎に手を当てながらなんか妄想し始めた。やっぱり気持ち悪い。鳥肌が背中に沸いたぞ。痒い。
「だから、今は俺は少年かもしれないけど、これから俺が年取ってでかくなったら考えも変わるはずと思うんだ。今だけ考えても」
「だって君、いつまでたっても小さいじゃん」
「……………………なんだとコラ!」
よりによっていってはならぬ事を言われて、最後の糸がぷっちんと切れた。
「誰がミジンコ並みに小さいチビかー!」
枕をぶん投げたのに、一応軍人はあっさりと弾いてしまってむかつく。
「とにかく、エドワード。分かってるだろうが、おまえに拒否権など、ない」
「……」
――突如。
ぼけた爺さんが、牙を剥いた。
「私が身請けすると言ったらそれは決定だ。嫌とか嫌じゃないとか、選ぶ権利など自分にあると思うな。おまえのそのいつまで経っても反抗的な態度は好ましくもあるが、あまり度が過ぎるのも困りものだ」
「……」
ぐ、と詰まって唇を噛む。
老人の気配は、殺気を帯びていた。
忘れそうになるが、こいつが軍人だと思い出すのはこんなときだ。何人もの人をその手で殺してきた男は、やはり俺たちとは、どこかが、違う。
俺がどれだけ抵抗しても、こいつには蚊の羽音みたいなもんで、五月蠅い、程度にしか思わないんだろう。ノーを言える人間が周囲にいない奴というのは、意識せず他人の行動を縛る。
「一ヶ月後に退職する。その後迎えに来るから別れを済ませておくように」
「……断ったら?」
俺の問いに、レイブンは馬鹿にするように笑った。
「ハクロにいろいろ頼み事をするしかないだろうな」
なにを? とは聞かなかった。
聞かずとも分かる。
ハクロが出てくるということは、この店に対して何かをするということだ。
――レイブンは、分かっているのだ。
俺にとっての弱みが、この店だということを。
(終わり)
