43(連載中)
「おいおい。ワシはこの店でたった一人だけいるという少年に興味があってきたんだがね。買えないとはどういうことだ!」
「申し訳ありません、一見さんには……」
腹が米俵くらいありそうなおじさんが、リンダ姉ちゃんに向かって怒鳴り散らしている。
店の入り口でかれこれ三十分は怒鳴り続けて無理を言い続けているので、周りの客がちらちらとこちらを眺めてくる始末だ。
エドワードは客の会計の手続きをしながら、そのクレーマーな親父の言い分だけをこっそり耳に入れている。
「聞いたが月に三日しか店に出ない上に、買えるのも一握りだそうじゃないか! 予約が詰まっているのかね」
「いえ、予約はそんなにありません。あの子は客を選びますから」
「そんなことが許されると思うか! 金が足りないのか? ならまだ持ってこさせるが」
「お金だけではありません。金だけで仕事を入れていたら、あの子は過労で倒れてしまいます」
「私が無茶をさせるとでも思っているのなら、余計な心配だ。優しくしてやろうというのに、何が不満だ」
その言葉を聞いた瞬間、背筋に鳥肌が立った。
ぎええ、やめてくれ。優しくするとかキモすぎる。だいたいしつこい。
この俺に会うために、三日も掛けてこの町に来たとか言ってるし。しるかバカ。
会計用の高場に座って、エドワードは背後の喧噪を無視しようと努めながら、愛想笑いで客の受付と会計をこなす。
あんたのお望みの人間はすぐ側で煎餅食べながら接客してますよ――
と、言ってやるほどお人好しではない。
「しかし、なんでそんな離れた町まで俺の話がいってんだよ。どこの物好きだ」
思わずぽつりと呟く。
――この店に立つようになって、一年。
たまにしか働いていないエドワードだというのに、何故か微妙に有名になってしまっている。
女物の着物を着て、化粧をして、たまに仕事をしていると、男どもは外面に簡単に騙されるようで、こうして普通着で店中を駆け回って食事を運んだり、掃除をしている雑用の子供が、同一人物だと今までの客はほとんど気づかなかった。
すばらしくごてごてしく着飾られた写真が、出回っているようで、その写真を見た奴らが何かを盛大に勘違いしてこの店に来る。
そして、九割がああして、今のように姉ちゃんたちに断られ、玉砕する。
あんな何の利用価値もない男を部屋に招き入れるつもりもないので、クレーマーの処理は彼女たちにおまかせして、小銭を数えていると、エドワードの視界が突然暗くなった。
「よお、売れっ子さん。いくらで買える?」
「……三百万センズ。買う?」
顔を上げて、テーブルに寄りかかる男ににやりと笑うと、ハボックは目をぱちくりさせて慌てて手を振った。
「無理無理! っていうか、いつのまにそんなに寝上がったんだよ。前は百万センズとかいってなかったか?」
「高い方が人こねえじゃん」
小銭数えを最初から。
ぱちぱちと指を弾きながら繰り返しているとハボックは俺にはわからん、と肩を竦めた。
「綺麗な姉ちゃんならいざしらず、おまえみたいなのをそんな値段で買おうって奴らがいるのが理解できん」
「うん。俺も理解できねえ。何がいいんだか」
「――噂では、それはもう一度買ったらやみつきになるほど素晴らしいってことらしいが?」
「そうらしいな。俺もしらねえけど」
自分に対する感想なんて聞きたくもないし、知りたくもない。
「だから値上がりなのか?」
「――高い方が、レアものっぽくてブランドイメージがつくらしいぜ。キンブリー曰く」
「……そのせいで、仕事が減るのは怪我の功名って奴なんかね」
ハボックの言いたいことも分かる。
たとえば俺の店での一番の売れっ子のアンナ姉ちゃんの場合、値段が高い。
値段が高いし、売れっ子の場合は客を選ぶ。もし酷い奴がいて、商売道具のアンナねえちゃんに怪我でもさせたらたまらないからだ。
だから値段が上がる、売れっ子になればなるほど仕事は減る。待機の時間が増えるのだ。
客をつけすぎないことで、客の飢餓感をあおることもできる。「いつかはアンナを買いたい」と思わせるためには、簡単に買えるようでは意味がない。
同様の現象が、エドワードに対しても発生している。
そして、キンブリーはその性格から、エドワードの物珍しさと頭脳を逆に商売に組み込んで、この店でアンナより高い値段にしてしまった。
その三百万センズでさえ、払う男がいるのだから呆れるってものじゃない。
なので、どんなことになるのかと怯えていたエドワードではあったが、思った以上に店に出るのは、体力も時間も消耗しなかった。毎日のように客を取らなければならないのかと思っていたが、蓋を開ければ月に数回なのだから。
――例外は、一人だけいるが。
「んで。どうしたんだ今日。孫娘見つかったって顔じゃないけど」
「あ、あー……わかるか」
「分かるよ。何年のつきあいだと思ってんだよ」
今度は札を数えつつ。
ハボックは優秀な探偵だから、彼に見つけられないのならおそらく誰にだって無理だろう。
だから毎度の見つからなかった報告にも、耐えることが出来る。
とはいえ、近くで怒鳴っているじじいの手前もあるため、あくまでも仕事を装い作業を続けるエドワードに、ハボックは少しかがみ込んで耳元で囁いた。
「だけどな、一個朗報持ってきた」
「ん?」
ぴたりと、札をいじくる手を止め、顔を上げる。
内緒話をされるってことは、周囲に聞かれたくない証。聞かれては困る朗報――
想像がつかなかった。
あどけない表情で見上げてくるエドワードにハボックは、なぜか滲むように微笑む。
「戦争、終わったらしいぜ。アメストリスの勝ちだ。ロイ・マスタングが、戻ってくる」![]()
(終わり)
