77(連載中)
「エドワードさん。あの部屋はなんですか?」
少女が俺の服の裾を摘んで、離れを指さす。
今日新しく入った新人に、館を紹介して廻っていたら、幼い彼女は斑鳩の間を指さして、そう言った。
「ああ、あれは上得意様用の部屋だよ。今は一人しか使わないけど」
振り返って答える俺に、へえ、と不思議そうに少女は目を見開く。初めてのご奉公に来た彼女には、なにもかもが楽しく新鮮なのかもしれない。
「誰が使うんですか?」
「……それは……、お忍びで来る人だから名前は言えないな」
「そ、そうか、そうですね!」
偉い人がこっそり来るんだから当然だと分かったらしい。失礼なこと聞いてすみません、と少女は頭を下げ、エドワードは笑って少女の頭を撫でた。
昔は自分より年上だったお姉さん達。だけど今は、自分より年下の少女がこの館に就職しにくる。
もちろん、こんな少女が夜のお相手などをすることはない。エドワードが始めた、半料亭へのシフトは思ったよりうまくいき、今は女性と酒と料理を楽しみに来る人達の方が多くなった。
彼女たちは、仲居として働くのだ。
「じゃあ、次は二階だな」
「はい」
少女の手を引き、離れの部屋から離れながら、ちらりと後ろを振り返った。
斑鳩の間に入る客は、今はもう一人しかいない。
そしてその男は今日、この国の最高権力者の座に着く。
――ロイ・マスタングが戻ってから、五年の月日が流れていた。
今日は客が少なかったので、仕事が思ったより早く終わった。
「客も来そうにないから閉めるか」
そう言って伸びをすると、サリアが、そうだねえ、と言って煙草を吹かした。
「今日はしょうがないね。みんなパレード見に行ってるんだろう」
引き戸の扉を閉め、鍵を掛ける。サリアの言葉に、解散解散、と言って皆が片付けの準備を始めた。
「エドは行かないのか?」
「なんか貰えるわけじゃねえしなあ、人多そうじゃん。仕事あるし」
肩を竦めて言えば、あれまあ、とサリアは眉を寄せた。
「なんだい、つれない男だねえ。お得意さんの晴れ舞台じゃないか。……でもまあ、これからは今までみたいにここには来れなくなるかもなあ」
ロイがこの店の常連であることは、一部の女郎達は知っている。彼はいつもさっさと裏口から斑鳩の間に籠もるし、エドワードしか呼ばないので、余り姿を見ることはないが、それでも、まだ一軍人だった頃から何年も通っているというのは暗黙の了解だった。
「まあ、あそこまで出世した奴が今まで、こんなところに来てたっていうのがおかしいくらいだろ」
「そりゃそうだけどさ」
つまらなそうに口を尖らせるサリアだったが、エドワードは苦笑して誤魔化すしかない。
今までだってよくあった話だ。
何人もの客が、結婚したり、移動したり、出世したりして店には来なくなる。
これからのおっさんはガードが常時付き従い、食事一つふらっと立ち寄った店で、なんて出来なくなるだろう。そんな不自由さを分かっていてでも、あの男は大総統になりたがっていた。だからこれはきっと、喜ぶべき事なのだ。
だけどなぜだろうか、今日は朝からずっと、気持ちが乗らなくて身体が重いのは。
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(終わり)
