3(連載中)
両膝を丸めてぺしぺしとカードを並べるエドワードをじっとロイは見つめていた。
ふわふわさらさらとした髪が彼の端正な顔を隠しているのが勿体なくもあり、美しくもある。
久しぶりに会ったんだから、こちらは抱き寄せたくて仕方がないのに、毎回の事ながらあちらはそうでもないらしい。
こどもと大人の恋愛は違うから、そんな大人の恋愛に無理矢理つきあわせているという罪悪感は少しはあるのだけれど。
ある程度向こうが歩み寄ってくれているのが分かるから、こちらもとりあえず遠慮をしている。
触れたい気持ちは、あと一時間ほど置いておこう。
「この錬成陣達は特に価値はそうないがな。ハイロゥの最高傑作のトランプに書かれている錬成陣とやらは、そうとうにきな臭いようだし」
クローバーのQをJの隣に並べている鋼のにそう声をかける。ぴたり、と彼の手が止まった。
「…なに?」
「見たことがある人がいないから知らないがね。本当にあるのかも。…噂ではいろいろと聞くが」
「――――――――――吐け」
「冗談じゃない。コーヒーを飲んだばっかりなのに吐けだなんて」
「ちげぇよ!」
鋼のが怒鳴るがしらんぷりして珈琲を飲む。
そうすれば彼がいらいらとするのは予想通り。
「なんかしってんだろ、大佐」
「等価交換」
魔法の呪文は、彼の口を塞ぐには充分。
ああ、と絶望的な溜息を吐いて、鋼のはソファーに背を凭れた。
「なんだよ、なにしろって?」
捨て鉢に吐き捨てられたので、悪戯心が沸いた。
「そうだな、大佐のことが好きって言って貰おうかな」
「――――――――――な。」
おお、すごい、真っ青になって真っ赤になった。
しげしげと観察していると、彼の手がテーブルの上のトランプを投げつけてきた。
「ふざけたこと言ってんじゃねぇよ!」
「ベッドの中では言うじゃないか」
「―――――――あ、や、…い、いつ!」
全く覚えてないらしい。そりゃあそうだろう。昏倒する直前にやっと呟くか呟かないかの言葉なのだ。
言わせた日にはなんだか戦闘に勝利したような満足感に浸れるのだ。その為に私がどれだけ頑張っていると思うのか。
「たしかあれは三ヶ月前の」
「わ――――――――――!言うな!言わなくていい!」
思いっきり両手で口を塞がれる。
いつ、って聞いたのは君じゃないか、と思ったがあんまりからかうと部屋を飛び出て行かれかねないのでやめる。
「ハイロゥの最高傑作は、賢者の石を作るための錬成陣が書かれているトランプという話らしいよ。五十二枚の札にのっている錬成陣を上手く組み合わせると賢者の石が出来るとかなんとかかんとか」
等価交換とかいいながら喋ってる自分もたいがい甘いなと思うが、もともとそこまでして引っ張るほどの情報ではない。なにせ。
「何処にあるかも分からないし、本当にあるのかも知らない。それに五十四枚すべてが揃って見つかることなんか希だからな、ハイロゥトランプは」
「…そうなのか?」
小首をかしげる子ども。こうしてみると本当に小さい少年なのに、手を出してしまった己を嗤う。
だって、我慢できなかったんだから仕方ない。
笑って手を振って別れるだけじゃあ。毒にも薬にもならない掛け合いをするだけでは満足できなくなったのだ。
その為に、まだ十四の子どもを強制的に大人にしてしまった事は多分一生罪悪感。
「五十四枚もあれば、一枚だけでも売れると考える奴が出るのは当然だろう。これがハイロゥの最高傑作ですと嘘八百並べて売るのに、五十四枚セットで売れば見破られるが1枚ならば見破られることもない。だから、これもひょっとしてと思ったが」
手にとって一枚眺めるが。どこをどうみても彼らの目的の物にはほど遠い。
「練習用だろうな、これは」
ただ、完品なのだ。信じられないことに。
ぽい、とテーブルにトランプを投げ捨てて、脇に置いた説明書にもう一度目をやる。
ハイロゥ自身の説明書まで付いている完璧っぷり。
実際軍の倉庫に入れるにはもったいない。しかるべきところに売れば数億センズはするだろう。
なんだあ、と言いながら向かいの子どもがカードを数える。
「あれ、ジョーカーが真っ白」
そこで、今更そんなところに気がついたらしい。と、言うよりある意味唖然。
「…当たり前だろう。ハイロゥなんだから」
「なにそれ」
「ハイロゥトランプはジョーカーは何も図柄がない。…本当にしらないのか」
ちょっとむかっとしたらしい鋼のがぶすっと睨む。
「しらねえ」
「…ほんとに、ゲームをしないんだな」
というか普通の錬金術師とはやっぱり違う。彼らの師匠も風変わりだったらしい。その影響か。
「トランプというのはジョーカーの事だ。すなわち切り札。本来ならば、トランプとはこの54枚を刺すのではなくジョーカーを指す。それがいつのまにか意味が変わってこうなっているがな」
「へー」
珍しく素直に彼はトランプの箱を見ながら感心している。いつもこうならよいのだが。
「ハイロゥのトランプの説明書には必ずこうある。切り札は人によって違う。だから私は何も書かない。これは貴方が書くべき物だと」
「――――――――――」
ジョーカーのカードを手に取ると、ロイはエドワードにそれを手渡した。
「さて、君はここに何を書く?」
(終わり)
