黒の祭壇

黒の祭壇

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67(連載中)

 あの男が姿を見せなくなって、一ヶ月。

 今日も今日とて、昼飯の用意。
 今日は朝、安く買った鮭の切り身と、八百屋さんから朝取れたと貰った肉じゃが。朝多めに作った味噌汁に卵を投入して昼も使う。
 非番の姉ちゃん達は遊びに行っていたりするから、今日のお昼ご飯は全部で八つ。
 お玉で味噌汁をかき混ぜ、卵がふわふわと浮き始めた瞬間に火を止めた。
 時計は十二時。今から用意するとちょうどいい。
「エドー。手伝うよ」
 台所であくせく準備している俺ところに、アンジェラ姉ちゃんがやってきた。
「アンジェラ姉ちゃん。いいの? 今日の仕事だろ?」
「うん。身体動かしたいし、いつもまかせっぱなしだし」
 着物の袖をまくって、姉ちゃんは、ご飯を注ぎ始めた。
「相変わらず美味しそうねえ。いつも助かってます」
 そう言ってこちらに両手を合わせるので、笑ってしまう。
「おおげさな。これが仕事だし」
「でも、他の店だと私達女郎がやってるって話も聞くし、他の店だとコックがいるって」
「姉ちゃん達これから仕事なのに負担かけられないだろ。料理人雇えるほど、儲かってるわけでもないしな」
 鮭を盛りつけつつそんなことを答える。
「でもさあ、最近ハクロ達来ないよね」
「……」
 そうである。料理人雇えるほど金があったのは昔の話。ハクロ達が上前跳ね始めてから、そんな余裕もなくなった。
 だが、奴らが最近来なくなったので、金を奪われることがなく、不思議なことに経営は上向いている。
 このまま永遠に姿を現してくれないなら、料理人を雇う余裕も戻るのだが……。
「まあ、来てくれないならそれが一番だけどな」
 また忘れた頃に来るんだろうなあ、と思っていると。
「マスタング中将も?」
「……」

 ぴた。
 箸が止まった。
 黒いモヤモヤが胸に復活する。
 忘れていたかったのに、不意を突かれた。
「あいつは……来てくれてもいいけど」
「忙しいのかしらねー。まあ来てもまっすぐエドのところに行って仮眠して帰るだけだから、姿は見れないんだけどさ」
「……」
 姉ちゃん達は俺とあいつの関係を知らない。
 昔、いろいろなことをロイに教えて貰ったということは知っているが、好きだといわれたことなど、知らない。ただ、なじみの子供のところで寝ているだけだと思ってる。
 ……間違ってはないけど。そういうのは最初の一回だけだったし。
 
 マスタング中将の株は、この店ではうなぎ登りだ。
 そりゃそうだ。彼がレイブンを追い払ったのは周知の事実。俺を店に出さないように、とハクロに言ったらしいのもあいつ。
 ハクロは、ロイが戦場に行くまではあいつより上の階級だったが、戻ってきたら下になった。言うことを聞くしかないだろう。
 週に一回は来ていたロイが、姿を見せなくなって一ヶ月が経つ。
 そわそわして、何度も前の道路を見る様になって、自分でも馬鹿だと思いつつも、不安で料理の味付け間違えたり。
 嫌われたのかなとか飽きられたのかな、と思ってしまうのは、俺がまだロイを信用してないからなんだと思う。
 好きだとは言ってくれたけど、好きな気持ちなんて、一瞬で反対になる事も、無関心になる事も知っているから。
 あの時のロイはおかしかった。戦場から戻ってきたばかりだからと今なら分かるけど、おかしかった。
 俺のところですやすやと寝ていく度に、少しづつ彼が笑うようになったけれど、そうなれば、この場所から離れていくことも、なんだか理解できる気がした。
 病院は、病気が治ったら用なしだ。俺の存在は、医者みたいなものだったのかもしれない。実際の医者と違って、なんの知識もないけれど。
「ロイもいろいろ忙しいんだろ」
 そう言って、アンジェラ姉ちゃんとの話を打ち切る。
 理屈では理解していても、やっぱり素直にやり過ごせるほど大人じゃない。
 あれは一時の気の迷いだったのかもしれない、と思ってる。でも同様に、忙しいから来ないだけで又連絡があるんじゃないかと期待していたりもする。
 ――こういうときは仕事をするに限る。

『辛い事があるときは、それを考える暇がないくらい、忙しくしちゃうのがいいんだよー』

 今はもういなくなったリリィ姉ちゃんがそう言っていた。
 俺にとってはそれは仕事だ。少なくとも、帳簿を書いていたり、シーツを洗濯している間は余計なことを考えないで済むのだから。
「よし、姉ちゃんみんな起こしてきて」
 料理をテーブルに並べて、手を叩くと同時に、余計なことを考える頭をシャットダウンした。

(終わり)