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…以来。
エドワードは、成長が止まってしまったのだ。
嫌なことに忘れていなくて、何日間も泣いて泣いて。
本当に迎えに来るのかと、何度も外を眺めて、二階の窓から見下ろした。
いつか、そこにあの闇から現れた男がこちらを見上げて手を振っているのじゃないかと。
それが一年、二年。…十年。
見下ろすことはなくなった。
見下ろして、その姿がないことを知ると、自分自身が飛び降りたくなるからだ。
忘れるために、家庭を持って、子供を作って。
こんな奇妙な自分でも愛してくれた妻は、とうの昔に他界した。
ありがとう、と言ってくれたけれど、自分は本当の意味で妻を愛してなんかいなかった。心の中には一人の人間がずっと噛み付いている。それが分かって、それでも、と隣にいてくれた彼女。
『私だけ、おばあちゃんになったね』
その響きに込められた苦渋を。
手を握って、微笑んで誤魔化すことでしか癒せなかった。
エドワードの髪をくるくるいじり廻している孫達は、エドワードが語った話の半分も理解しているのかいないのか。
もとから理解して貰うつもりもなかった、ただの感傷。
ちょろちょろ周囲でおいかけっこをしている彼らがさすがにタンスにぶつかるに当たって慌ててエドワードは子供達を抱え上げた。
「駄目だろう!花瓶が割れたらどうするんだ!」
「はーい」
自分の幼い頃そっくりの子供を両手で抱き上げれば、アルそっくりの孫が目をきらきらさせて、しがみついてきた。
「おじいちゃん、僕も僕も!」
「いや、あのな」
「遊んで遊んで!」
遊んでるわけじゃないんだが。
だが高い高いしていると勘違いした子供達は、エドワードにしがみついて強請り始めた。
ぶうぶうと抗議をする瞳達に見上げられ、エドワードは、やれやれと息を吐く。
まあ、こういう人生も悪くはないのかもしれない。
大きな波はなくて、意識を翻弄されることも、心臓が締め上げられたり、こみ上がった感情に泣き出しそうになったり、…誰かを自分だけの物にしたくなったり、そんな疲れる人生以外にも道はあるのだろう。
燃え滓みたいだよ、兄さん。と。
弟は昔そう言った。
…そうかもと思っていた。アメストリスを離れてからの俺は、燃え滓なのかもしれない。その人生の方がちょっと長かっただけだ。
消えそうで消えない焔。
年も取らずに100を超えると、ちょっと不安になってきた。
(俺、いつ死ぬんだろ)
いつ死んでも正直かまわないのだが、身体も健康だし、白髪も生えないし、いい加減こんなに長い間この状態だと、人にいわれる。
不老不死なのではないかと。
年を言えば、研究者が来かねないので、25でずっと通しているが通用しているのが怖い。
「だっこだっこー!」
飛び跳ねる孫の一人を無意識に抱え上げて、椅子に座り込んだ。
当然残る二人がちょろちょろと抗議。
エドワードの腕は二本しかなく、そのうち一本はあまりまともに動かないんだから子供3人はさすがにきついんだが。
(…早く)
そろそろ、真理の扉の前に立って全に会いたい。
(もう、死んだよな)
ウィンリィも、中尉も、少尉も。
俺よりもっと年上だったんだから、流石に120歳超えては生きてはいまい。
分かってはいたが、最後まで一度も会えずじまい。幸せだったかどうかくらい、全は教えてくれるだろうか。
…あの人も。
(終わり)
