15(連載中)
車から降りると、夕暮れ時の水気を含んだ冷たい風が赤くなった頬を冷やしてくれる。
公園と言っても緑地公園のようで、一面に広がる緑陽樹と、時折見えるベンチと休憩所以外にはとりたてて遊具は無かった。
見渡しても犬の散歩をしているお姉さんや、カップルがベンチで話をしている程度だ。時折エドワードと同じくらいの子供が親に手を繋がれて歩いているだけで、こんな若い男に手を引かれている子供などいなかった。
頭上を見上げると、何十メートルの大きさになってしまった植物が、空からの太陽を遮っている。少し肌寒いなと思いながらも、顔だけは赤いのは、男がさっきからエドワードの躊躇いもお構いなしに手を引いてのんびりと歩いているからだ。
「綺麗だろう」
「え?あ……うん…」
男は楽しそうに振り返って何の変哲もない緑を眺めるが、エドワードにはたしかに美しいとは思えども、楽しいとは思えない。
これが大人と子供の違いで、大きくなったら俺もこの緑を見て楽しめたりするのだろうか。
「この遊歩道を一周すると、ちょうど二十分だ。散歩にはちょうどよくてね。時々一人で来るのだが、人を連れてきたのははじめてだ」
「おっさんのことだから綺麗なねえちゃんとか連れてくるんじゃねえの?」
だってさっきからすれ違う男性はみんな綺麗な女の子を連れている。うちの店の女性達にももてまくりのロイならば、誘えば誰でもすぐに着いてくるだろうに。
「こんなところに女性を連れてきたら、やかましいことこの上ないよ。緑の匂いが香水でかき消されるのはごめんなんだ」
男は笑って首を振って、そんなもんかな、と思った。
子供ならたしかに香水くさくはないだろうが、別な意味で臭くないのかな、俺。
それからは言葉はなかった。
風が緑を揺らす音しかしない、時折遠くで鳥のさえずりが聞こえるだけの、退屈な、そしてのどかな道を男は黙って手を引いて歩いた。
どうでもいい会話を振ることは出来たのに、エドワードはしなかった。
ここに来て、初めてエドワードは気がついたのだ。
ロイが、なにかおかしいということに。
たかが、エドワードと町で遊ぶというそれだけのことだ。男が望んで、俺の用事さえなければ、またいつでも出来ることなのに。なのに、あの瞳も、あの表情も、今、空を見ながら歩いているその横顔も、その予想をすべて裏切っている。
ぞく、と背中を冷気が走り、凍傷に近い痛みが発生する。
悪寒がする。
なんだ、この感覚。
最後に感じたのは、母さんが死ぬ前だ。
自分ではどうしようもない絶望。何も言わない母さんの中から、明らかに命の消えていく感触。
自嘲するような、笑み。諦めを纏った周囲の人間。
――――――――――覚悟。
手を握った。強く強く。
男が痛みを訴えると思うくらい強く。
俯くのは嫌いだ。俯いて、顔を見なくて後悔したことが何度もあるからだ。
遠い天を見つめていた男が、手に加わった力に少し眉をひそめて顔を落とす。まっすぐにその瞳を見つめるエドワードと目線があって、そして男は苦笑した。
「――――――――――あんた、どこへ行く気なんだよ」
それはもう、確信だった。
爪が立ちそうなくらい、指に力を込めて込めて、握り潰してやるくらいの勢いで、睨み付けた。
誤魔化すつもりなら、あんたの指に噛み付いてやると、口にはしなかったがその気合いが伝わったのか、ロイは、おかしそうに、哀しそうに笑った。
「まいったな、最後に言おうと思ってたんだが」
君は鈍いのか、鋭いのか分からないね、と男は呟いたが、誤魔化すつもりだったのなら、もう少し演技力を身につけないとダメだと思う。
「転勤になってね。しばらく、この町を離れることになった」
「………………」
ああ。
ついに来た。
心の引き出しにしまっていた覚悟。
今引っ張り出さなければいけないのに、どこに片付けたか分からなくなった。
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(終わり)
