黒の祭壇

黒の祭壇

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49(連載中)

 部屋の中に、入ったら、レイブンは既に布団に横になって高いびきをかいていた。
「……」
 拍子抜けである。
 静かに溜め息を吐いて、そっと襖を閉める。レイブンが起きないように注意しながら、電気を薄暗くしたり、火鉢に火をつけ湯を沸かす。
 引き出しに入ったお香を取り出し、セットして、一応完了。
 後は座ったまま、薬缶から湯気が出るのを見守っていればいい。
 普通ならここで客を起こすべきだが、そんなことはしたくもないので、寝かせておくことにする。
 何故起こさなかったと言われても、よく寝てたからと言えばいいし、このまま時間が経って奴が帰ってくれるならエドワードは体力的にとても楽である。
 少しでも奴が起きる要素は増やしたくないので、薬缶から沸騰したのを知らせるシュンシュンという音が聞こえた瞬間に、さっさと火から薬缶を下ろした。
 あいつにやるお茶などない。

 ……わけではないが、寝てるんだから勝手にいただくとしよう。
 急須にお茶を入れ、一杯目を注いだところで、布団の辺りから身じろぎがした。
 げ。やなかんじ。
 おそるおそる振り返ると、嫌な予感通り、こちらを見つめる瞳とぶつかった。

「起きたのですか」
「……起こしてくれよ」
「よく寝ていたので」
 予想していたとおりの答えを返す。レイブンはぶつぶつと言いながら、起き上がり、頭をかいた。
 しょうがないので、自分が飲むつもりだったお茶を手渡すと、奴はうむ、とか言って受け取り、がぶがぶと一息で飲み干す。
 そのまま、また湯飲みを突き出され、しょうがなくエドワードは二杯目を注いだ。
「あまり出かけないで欲しいんだがな。誰かに見初められたら困る」
「……仕事ですから」
 ふん、という声がして、お茶をすする音。
 そんなレイブンに背中を向けたまま、エドワードは自分用のお茶を湯飲みに注ぐ。

 実はこの、お茶をゆっくり、注ぐという行為はとてもいいのだ。
 落ち着くとすぐに人を布団に押し倒そうとする男だが、お湯を扱っているときは触ってこない。一度無理して人を引き寄せようとして、頭から熱湯を被ったからだ。

 ――まああえてお湯が奴の頭にかかるように薬缶を放り投げたのは俺だが。

 この親父の脳味噌だけは理解不能だ。開いたら紫色のスープが詰まっているんじゃないだろうか。
「戦争終結、おめでとうございます」
「ん? ああ、そうだな」
 さすがに、この話は無視できなかったらしい。男は顎をさすって気まずそうな顔をした。
「長い戦いでしたね。将軍のご活躍が新聞に載っていましたが」

 米粒のような文字で、たった一行しかなかったが。

 何となく、その功績も部下から奪い取った物だった気がする。前に自慢していたし。
「ドラクマと和平を結んだそうで。これからは、国境封鎖は解かれるのですか?」
「一応な。お互いの軍を通しての荷物や人の移動だけは最低限許可された。一般市民の移動はまだ無理だ」
「……ならば、貨物も入ってくると」
「――いや、汽車はまだ許可されていない。車だけだ」
 なるほど。汽車では隙が多い。貨物と偽り、貨車内に敵が潜む可能性もある。ならばやはり、ドラクマから来た、あの貨物は変だ。

 ゆっくり、お茶を一口含みつつ、息を吐く。
 やはり、この男はいい。簡単に情報を漏らしてくれるし、地位が高いため、だいたいなんでも知っている。少年好きの変態なのはいただけないが、情報源としては最高だ。
 でも情報源として使えなくてもいいから、この店にこいつらが関わるのをやめさせられたらどんなにいいだろうか。
 ばっちゃんがいて、自分がいて、姉ちゃん達が笑っていて。そしておっさんが時々訪れて俺に勉強を教えてくれて、赤ん坊の弟が隣ですやすや寝ている。

 ――そんな、幸福だった、昔の事を、今でも夢に見る。

 戻りたい、と何度も思ったけれど、戻れないのは分かっている。母さんが死んだときだって、どれだけ時が巻戻らないかと祈った。でも、無理だった。時間はいつでも一方通行なのだ。
「それより早くこっちに来い」
「……はあ……」
 レイブンが、真面目な話に飽きたのか、布団をぽんぽんと叩いて人を誘う。
 明らかに眉を顰めた俺を見て、レイブンは唇を尖らせた。
「相変わらず、おまえはまったくもってつれないな。他の奴なら喜んで布団に潜り込んでくるのに」
「よく次から次に布団に連れ込むもんですね。いつか寝首を掻かれますよ」
「わしの寝首を掻くとしたら、おまえしかいないだろうな」
「――――」

 そういうと、レイブンはにやにやと笑った。
 そこまで分かっていながら、どうしてこの男は俺を手放そうとしないのか。
 この状況も、すべて店の権利がハクロにあるのがいけないのだ。孫娘は、未だ探しているが見つからず。そもそも生きているのかすら、不安になってくる有様。
 生きていたとして、俺と同じ年くらいだ。経営が面倒だから、ハクロさんにおまかせしますーなんて言われた日には、もっと最悪なのだ。
 大人の策略にはまらないように、それより前に自分が見つけて、話をしなければ。
(って、見つかってもないのに気が早いか)
「おい」
「はいはい」
 考え事をしているエドワードに苛ついたらしいレイブンの声が棘を帯びる。仕方なくエドワードは立ち上がり、ランプの火を落とした。
 

(終わり)