11(連載中)
「つまらん」
吐き捨てるようにいきなり言われて、エドワードは動きを止めた。
「……なにがだよ」
机の上でペンを走らせていた手を止めると、横で寝転がっている男に向き直る。
ロイはエドワードの渡した紙をぱらぱらと捲り、乱暴にエドワードの机に置いた。
「つまらん。全問正解だ」
「え、マジで!?」
思わず顔が綻ぶのはいたしかたないだろう。だって今回のは結構難しかった。
「最後の問題が難しくてさー、丸一日そればっかり考えてたんだよなー」
「……一日かね」
頷くと、ますます男はげんなりとした顔をして溜息を吐く。
「……私の知ってる限り、一番早かった子でも三日だね」
「へー。あ、アルが起きた」
背後でもぞもぞとした身じろぎと、微かな泣き声。
ペンを放りだして、小さな布団に向かう。むずがる声が騒音に近くなる。
さくさくとアルフォンスの服を脱がせて、おむつを替えているエドワードの背中に声がかかった。
「君は優秀すぎて教え甲斐がないな」
「……」
だって、あんたが教えてくれるんだから、頑張りたいじゃないか、とは素直じゃないエドワードは口に出せない。
よって、聞こえない振りをしておむつ替えに没頭する。
なんの気まぐれか、男はそれ以降、この館に来る度にエドワードに勉強を教えてくれるようになった。
仕事があるのにと思ったが、どこでどう手を回したのかロイがいる二時間程度、エドワードは仕事を免除されている。
おそらくピナコばっちゃんに直談判したのだろうが、エドワードにはどうしてロイがそこまでしてくれるのか理解できない。
純粋な善意という物をここ数年間受けた試しがなかった。この宿の女性達はエドワードを救ってくれたが、かわりにこちらは労力を提供できている。
だがロイに対しては、エドワードは何も返していないのだ。
きっと裏があるのだろうと考えるが、どんなに頭を絞ってもロイにとってのメリットが思い浮かばない。
金もなければ、体力もない。頭がいいとロイは言ってくれるが、それが本当でもロイの方が現状頭がよいのだから、俺の頭が必要とも思えない。
分からないことばかりだが、勉強は面白く、ロイが置いて帰る宿題は実は密かな楽しみだ。正解すると彼が褒めてくれるので、ますますいい気になろうというものだ。
だけどあまり調子に乗りすぎるとひょっとしてこの勉強は終わりになってしまうのだろうか。それは困る。
どうしよう、適度に間違えた方がいいのかな、と汚れたおむつを握り締めたままエドワードは考え込んだ。
「……しかたがない」
だが、そんなエドワードの背中に小さい呟きが入る。
「違う系統の勉強もしてみるか?」
これには、宿題も教科書もないけどな、と補足されたので。
「そんなんつまんねえ」
と口を尖らせたら、またもや男に頭を叩かれた。
頭を叩かれても嬉しそうなエドに、ロイは不思議そうに眉を寄せていたが、理由なんて気づいて貰っちゃ困るのだ。
信用しちゃいけない、と囁く脳と、浮かれて喜ぶ心臓と。
どっちを信じればいいのかの決断は、とりあえず後回し。
(終わり)
