5(連載中)
「………」
アルを抱いたまま、背後の壁にもたれ掛かってずるずると床に座り込んだ。
信用をしたわけではないが、この男が本気で自分を害するつもりなら、もうとっくにやっているだろうと思ったからだ。
そういう感情が芽吹くと、先ほどの男の戯れ言も信じてやってもいいとか思い始める。拭えない緊張をアルの顔を見ることで誤魔化した。
手足がまだじんじんと痛む。暖かい布団に入ったのは本当にひさしぶりで、凍傷に怯えながら外で寝かされていた足と手が、もう一度戻ろうぜと囁きかけてきた。
「心配せずとも、あと一時間かそこらもすれば迎えが来て私はこの部屋から出るから。君、頼むからそう緊張しないでくれないか。やりにくい」
「………」
びくんと身体が跳ねたのは、少しだけ滲む不機嫌を敏感に感じ取ったからだ。
(………駄目だ、追い出されるかも知れない)
別にエドワードだって不機嫌なわけじゃないのだ。ただこれはもう、そう本能的な物で。野生動物が警戒を忘れたらあっさり殺されるのだ、自分の防御壁をそう簡単に壊してむき出しになんかなれるはずがない。
「……ロイだ」
「え?」
「ロイ・マスタングという。君の名前は?」
「……、エドワード」
おまえから名乗るべきだと言えるものなら言うが、先手を打たれたので何も言えない。
「歳は?」
「今年で十歳。弟は三ヶ月」
「……みえんな」
むか。
それでなくても平均よりかなり小さ……ちょっとだけ小さいせいで、五だの六だの言われているのだ。生理的に胸の奥がいらついた。
「栄養が足りてないせいだな。もっと食べろ」
「……食えるもんならくってる」
「これからは腹一杯食えるさ」
栄養が足りないので小さいなどと言われてしまえば、その通りな気もするので反論するのもばかばかしくなった。
「その年で花を売ろうという心意気は立派だが、この館の女性達は絶対にそんなことはさせないと思うぞ。他の方法で金を稼ぐことを考えなさい」
沈黙したエドワードをどう思ったのか、ロイとかいう男は、妙に徒然とエドワードを諫める。初対面なのにお節介な奴だなと思った。
だいたい。
「花売るのなんか、簡単だろ。街角に立てる歳なら、そのくらいできる。もう立って歩いて喋れるんだから、立派に働けるよ」
「……君ね、君が思ってるほど連中は優しくない。しかも君みたいな子供を買おうなんて考える輩はもう確実に変態だ。君は壊されるぞ。絶対に」
「……変態でも普通の人でも花は花だろ。買った後に花を潰したってそんなの俺の知ったことじゃない。売った時点であとは買った人の物だ」
「君―――、ああ、もう、子供のくせに妙に悟ったこというんじゃない」
がしがしと頭を掻いた男は、どうやらエドワードの言動に苛立っているらしいが、エドワードには訳が分からない。俺は何か変なことを言っているだろうか。
「君みたいな小さいのが、あんなものを受け入れられるわけないだろうが。冷静に考えろ」
「ち、……小さいってゆったなてめえ!!!」
仁王立ちのエドワードにロイの口が閉じた。
「小さくねえよ! このくらいが普通なんだからな! 今にすぐあんたの身長なんか追い越してやる!」
「……君、怒るところはそこなのか」
心底呆れた口調で言われて、さすがに馬鹿にされていると直感する。
「だって、花売るくらいでてめえがいちいち喧しいから。道ばたで籠持ってどうぞーって言うだけだろ。なんで壊れるんだよわけわかんねえ!」
「――――なに?」
なに、はこっちの台詞だ。目をまん丸にして、顎を落とすことはないと思う。
「……君、分かってて女郎宿に来たんじゃないのか?」
「? なにが?」
俺はただ、ここに来れば雇って貰えるかも、店に出るかもといわれただけだ。女郎宿というのがなにかよくわからなかったが、さっきこいつに花を売ると言われて納得した。だって花が似合うような綺麗な女性達ばかりだったから、そりゃあ彼女たちが薔薇やかすみ草やチューリップを売ってくれたら嬉しかろうと思ったので。
「……前言撤回。君は馬鹿だ」
実に無礼な言葉とともに、男は額に手を当てて嘆息した。
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(終わり)
