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軍部の執務室に入った瞬間に、目に飛び込んだのは、珍しい風景。
エドワードがここでソファーに座っていることはよくある。
たいていなにかの本に熱中していたり居眠りしていたりだ。
だが本日は珍しくも、その隣にエドワードより少し茶色がかった黄金が一緒になって座り込んでいた。
見目麗しい二人の兄弟は、扉を開けたまま見慣れぬ風景に戸惑っているロイを認めて振り向いた。
「あ、大佐だ」
「大佐ー」
声までハモる。
先日身体を取り戻した兄弟は、立ちつくしたロイを見て、二人顔を見合わせた。
「アル」
「うん、それもありかな」
「だよなー、俺達じゃわかんないし」
「そうだよね」
よくわからないがいつもの如くエルリック語で喋っている。
二人の会話は主語も名詞も吹っ飛ばされてもなぜか伝わっているのだ。
前より伸びたとはいえ、とうとう弟にまでぬかされてしまった身長のままのエドワード。
元に戻ったアルフォンスと二人で並んでも、やっぱりどちらが兄だか分からない。
兄が太陽なら、弟は日差しだ。太陽ほどの輝きはないが、目を逸らしたくなるほどの光線でもない。
柔らかく辺りを包もうとする温度は、兄は持ち得ない。
彼の場合は、近づくと焼かれそうになる。
そのくらい、ロイにとってこの小さい長男は、側に寄るのに一種の勇気がいる存在なのだ。
二つに増殖したかわいいの、は、うん。と頷くと何かの密約をかわしたようだった。
「なあ、大佐」
「質問があるんですが」
屈託のない兄と、きまじめな弟。
二人して並んでいるそっくりな兄弟の姿に、思わず胸が熱くなる。
二人を視界にいれて、鋼の色が見えない。それは、なんて幸せなことなのだろう。
目の保養だなあ、なんて考えているロイに。
「大佐がラブレター出すなら、俺とアル、どっち?」
精神的双子は突然変なことを言い出した。
「……………は?」
瞬時にマイナス五度の強風に吹かれて凍えるロイ。
ラブレター?
そんなの、出していいなら兄の方に決まっているではないか。弟は弟で可愛らしいが、あいにくロイマスタングが密かに好きなのは、いつでも不器用なほどにまっすぐで、ころころ表情を変える年齢の割に小さい長男の方であって。
まさか、気づかれた?
ばかな、そんなはずはない。
とは分かっていても、心にやましい物がある身としては、少しだけ鼓動が早くなってしまうのは仕方がないだろう。
「な、なにをいきなり」
と。そこでエドワードの手に握られている一通の封筒に気がついた。
「――――――――――それ、は?」
指さすと、ああ、とアルフォンスが兄の手から封筒を奪い取る。
「答えてくれたら後で説明しますから。で、大佐、どっちですか?」
「……」
なんだか、微笑みが。
笑っているが、瞳が全然笑ってない。まるでその眼は観察者のようだ。
背筋が寒いのは、彼の周囲から滲み出る奇妙な氷の破片のせいだ。
さすが、ロイが日差しと例えた彼はその温度調節まで完璧だ。微笑み一つで、ロイの周囲だけ温度を下げている。
「大佐ー、深く考えなくていいからさ。俺とアル、どっちにラブレター渡したい?」
「何を馬鹿な。そもそも私が君たちにラブレターを渡すことなど」
「ほんとにないんですか?」
くす、と微笑むアルの視線がじとっとロイに絡む。
「だから、たとえばだっていってるじゃないですか」
「…………」
まずい。
逃げられないと、弟の瞳を見て悟った。
そして、とりあえずは、自分の秘密は弟にはあっさりばれているという事実に、嫌でも気が遠くなる。
一瞬だけ俯いて、意を決して視線を向けた。
その先のエドワードはけろっとした顔をしてこちらを見ているが、こちらの思考は半分停止だ。
だって、トップシークレットの隠し事が、ばれていたなんてたった今知ってしまったのだ。立ち直るのには若干の時間が必要だという物である。
たとえばの話だと念を押されても、こちとらいつかは現実になるかも知れないという予感がある事柄なのだ。
素直に言えば、警戒されないだろうかとか一瞬考えた。
それでも、見つめてくる二人の視線をこれ以上ごまかし続ける方が、逆に怪しまれる。
「……鋼の、だろうか」
後になって思えば、馬鹿正直に答える必要はなかったのだ。
なのに、あの弟の威圧感に負けてしまったのだと気がついたのは後日の話だった。
(終わり)
