黒の祭壇

黒の祭壇

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「で、なんで俺が尋問とかされなきゃならねえんだよ!」

 ぶつぶつと文句を言う目の前の子供は容疑者らしからぬふてぶてしさでどっかりと大股を開け執務室のソファーに座り込んでいる。
 見えないが額には青筋が二、三本立っているだろう。
 


 鍵をかけたし、人払いもした。
 窓際でカーテンを握り締めて、玄関から出て行く弟を見下ろす。
 密室に二人きり、どんな言い訳も許すつもりはロイには毛頭なく。

「君が、軍部の不特定多数の男性と同衾しているというのは本当かね」

 破り捨てたいカーテンを勢いよく閉めると部屋は暗くなった。
 振り返った先の子供は首を傾げて。

「ああ、うん。それがなにか?」

 と悪びれもせずに返した。
 
 
 


 事の発端は今日の昼だ。

『君のところでは金色の綺麗な少年が夜のお世話をしてくれるんだって?』

 なんぞと南方司令部から来た将軍に握手している最中に言われたからだ。
 笑みが思わず貼り付いて、動作の止まったロイに、将軍はにやりと笑っていった。

『心配するな。責めたりはせんよ。私には稚児の趣味はないから頼まないが、そういう潤いは必要だ』
「……………」
 沈黙のロイに、将軍は気さくにばんばんと背中を叩いた。

『少女だったらお相手してもらいたかったがな、はっはっはっ』

 寛容な将軍で良かったと、胸を撫で下ろすべきなのかもしれないが、ロイにはそんな余裕はない。
 金色の綺麗な少年など、ロイの頭の中には一人しか浮かばなかったからだ。
 
 
 
 そんな噂を聞いたことはただの一度もなかった。
 軍部中にアンテナを張り巡らせていたつもりだったのに、この軍部内で隠そうと思えば自分に隠し事が出来る事柄もあるのだと知ってしまったのはかなり衝撃だった。

 ホークアイは知らないと言った。ハボックも知らないと言った。
 ブレダも、適当に甘い台詞で探りを入れてみた女性下士官も知らないと。
 ただ一人だけ。
「…そういえば、この前通りすがりに…」
 ぽつりぽつりと思い出しながら、女性は語ってくれた。
 
 
 
「俺、初めて抱けたんだよ、すげえラッキー!」
 嬉しそうな男に、隣の友人がその手を叩いて一緒に喜んでいた。
「よかったじゃん、なかなか司令部にこねえからな、エドって」
「来ても先約があったり、気まぐれだから帰ったりするしさ。あー、かわいかったなー」
 うっとりとした男はいかにその子が可愛らしかったかを語っているようだったが女性は別に興味がなかったので、そのまま通り過ぎた。

 今思うとそのことだろうかと女性は呟いて。
 ロイの足下はがらがらと崩れた。
 
 
 


 そんなはずはない。
 最初も、今もそう思っている。
 そんなはずはない、この子がそんなことをするはずがない。
 時折ひょこりと司令部にやってきて、散々人に軽口を叩いて帰っていく。その仕草もふてぶてしさも、未だ子供が持つ特有な物で、大人が持つ情欲など、この子供に教えるのは早いと思った。

 だから告白すらせずに、黙って笑って見送っていたのだ。

 自分は、子供の恋愛はもう出来ない。告白したら最後その身の全てを欲しくなる。それをこの子にいきなり強いるのは酷だと思った。
 子供なんて大人の知らない間に大きくなるのだ。恋愛対象として見ていながら、子供だと嘗めていたのはロイではないのか。
 腹の中の溶鉱炉がずっと最大出力で活動している。
 怒りや苛正しさや哀しみやいろんなものが混じって、もう何色だか分からない。
 冷静な振りで喋っている自分の声が、他人の物みたいに耳に届く。
 
「……鋼の、どうしてそんなことを?」

 本当は殴りつけたかった。
 でも今になっても子供は全く悪びれる様子はない。だからやめた。
 嘘をつけない子供だから、分かる。この子は悪いことと思ってないのだ。
 悪いことを教える大人はまわりにいなかった。ロイが言えば良かったのに説明するまでもないだろうと怠った。
 今更後悔してもどうにもならない。

「どうしてって、そっちのほうが効率的だろ」
 何で大佐がそんなに怒りのオーラを漂わせているのか分からないと戸惑いの瞳が見つめてくる。

「効率的?なにがだ」
「なにがって」
 エドワードはますます戸惑いがちにロイを見上げる。
 座るエドワードの眼前に立ちふさがるように立った大人は威圧感を持って見下ろした。

「…何、怒ってるんだかわかんねえよ。なにがいけないんだ?」
「――――――――――鋼の……」

 ほんとうにこの子は何が悪いかさっぱり分かってない。
 ひょっとしたら子供はこうのとりが運んでくると思っているのではないだろうか。あえてそういう話をしたことがなかったが、そこまで無垢ならもう少し教えておくべきだった。

 ……だから、あっさり、騙されたのだ、きっと。

 あまりの熱に、腹の溶鉱炉自体が熱に負けて溶け始めた。
 肩を掴もうとしてやめる。今そんなことをしたら肩の骨を砕きそうな気がした。

 この子は悪くない。
 悪いのはこの子にそんなことを教えた最初の誰かだ。
 だけどその男は目の前にいないから、この子に八つ当たりをしたくなる。触っては駄目だと一歩下がると、エドワードは少し、びっくりしたようだった。

「……鋼の、君の年で、誰にでも身体を与えるのはいけないことなんだ」
「え?」
 言葉にすると事実と認めるようで、脇腹が痛んだ。
 ――――――――――なんで、こんなこと。
 教えなきゃいけないのだろうかと思うと泣きたくなった。

「たしかに、性欲解消だけでいうのなら、効率的なのかも知れないが、君は子供で少年だ。その年でそんな娼婦まがいなことを」
「――――――――――しょうふ!?」
 とつとつと怒鳴らないように語っていたロイの言葉はエドワードの素っ頓狂な声で阻まれた。
 ぽかん、と大口を開けた子供が目をぱちくりさせてロイを見ている。

 やっぱりあどけなくて、無垢で。
 畜生、と思った。
 まだ早い、まだ早かったのに、どうしてこんな、誰が、誰がこの子を。
 怒りは消えて、自己嫌悪が襲ってきた。
 気がつかなかった自分のせいだ。教えれば良かった。君は綺麗だから、妙なことを言う大人が居るかも知れないが気をつけろと。

 ……言えるはずがない、だってそれは自分も同じだ。だから言いたくなかった。人のことなど言えない。同じ穴の狢だ。
 自分のことしか考えないから、こんな目にあうのだとロイは唇を噛んだ。

「娼婦?誰がだよ!」
 エドワードは本気で焦っている。心なしか顔が青い。
「……君だ。鋼の。自覚はないのかもしれないが、君のしていることは売春婦と一緒だ。金を貰っているわけではないのなら、もっとタチが悪い」
「一緒の布団で寝るだけでそうなんの?!」

 数秒の間の後に、ロイはその言葉の意味を理解する。
「――――――――――なんだって?」  
 
 

(終わり)