黒の祭壇

黒の祭壇

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54(連載中)

「娘の名前は、ウィンリィ・ロックベル。今の名前はウィンリィ・キャメロット。機械技師の卵だ」
「……」
 言って、アイザックが出してきた一枚の書類を見て、ハボックはがっくりうなだれた。
「お、俺が三年かかっても見つけられなかったのに、いともあっさり……俺の三年の努力って何だったんだ」

 テーブルに肘をつき、窓枠に頭を打ち付け外を見るハボックは、己の探偵能力に自信を失っているらしい。無理もない。けっこう優秀な探偵だと自負していたんだろうから。
「いや、ハボックさんが調べた情報があったから、アイザックも見つけられたみたいだぜ。死んだ息子の名前と、最後に彼らがいた場所と、出て行った場所までは見つけてくれてただろ」
 ハボックは、数年の調査で、ピナコばっちゃんの息子達が、イシュヴァール人たちと一緒にいるところまでは突き止めてくれた。その後、国外に出て行ったらしい、との情報までは見つけてきてくれたのだ。問題はその後。国外と言ってもアメストリスの周りにはたくさんの国がある、そのどの国かまでは突き止めることが出来ていなかった。
「国の外の情報なら、貿易商の俺の出番だからな。シンに、アエルゴにミロスに、いろいろ調べて結局分かったのが……」
 地図を広げ、アイザックはその一転を指さす。

「ここ。ドラクマの首都」
「――敵地まっただ中じゃねえかよ!」

 ハボックが息を呑み、小さく呻く。
「わからないわけだよな。戦争中は国交なんか途絶えてるし」
 エドワードも溜息をつく。国内は捜索し尽くした。だから国外かもとは思っていたが、よりによってアメストリスでは一番情報が流れて来にくい場所にいたのだ。
「え、でも待てよ。戦争中はアイザック社だってドラクマと貿易なんか出来なかっただろ。何でこんな情報……」
 嫌なことに気づいたハボックが顔を上げる。
 アイザックはにっこりと微笑んだ。
「そうだねえ。戦争中に敵国と繋がってたなんて分かったら、俺の会社潰れるね」
「……やばい話なんじゃ」
 少し心配そうなハボックの人の良さに感謝する。会って間もないアイザックの心配を、同じくらいやばい橋を渡っているだろうハボックがするのだから。
「――まあ、繋がってたのはうちの部下なんだけどね。もう首にしたけど。軍に突き出さない代わりにちょちょっとね」
 紅茶を飲みながらしれっと怖いことを言うアイザック。
「そんなリスクを背負って、なんでアイザックさんが孫娘のこと調べるんですか?」
「いや、部下がドラクマと繋がってるって教えてくれたのエドだから。ちょっとしたお礼」
「――だって、あれ相当やばかったぞ。よりにも寄って運んでた物は武器だったじゃねえか」

 そうなのだ。

 綺麗なアイザックの汽車。前に、自分の知らない汽車が、外国から夜中にアメストリスに入ってきていると聞いて、不審に思ったアイザックに調べてくれ、と言われたのが最初。
 結局、社長にもだまり、シンからだと嘘をついて、輸入されていたのは、寄りにも寄って、武器。だった。
 アメストリスとドラクマの間の武器輸出。お互いにとって敵である国での貿易。どちらの国にばれても、大騒ぎになる。
 アイザック社はそもそも武器商人ではない。ナイフくらいなら扱うが、鉄砲など、人を殺す武器は扱わないと名言している。そんな会社だからこそ、市民に愛されていたのだ。
 その、前提をひっくり返す大事件。口の軽い新聞記者にばれれば、一つの会社が終わっただろう。
「それだけなら、別にアイザックさんを呼びつける必要もなかったんだけどさ。ハボックさんに会わせておきたいと思ったんだ」
 今まで、ずっと調べてくれた彼には直接話しておきたかったこと。そして。
「え、なんで?」
 ハボックがきょとん、とエドワードを見る。
 俺は首を傾げて彼を見返した。
「だって、アイザック社の社長と繋がり持っとくと、いろいろ助かるだろ?」
「え、や、あ、そ、それはそうだけど、ええええええ!」
 ハボックは何故か大声を上げてらしくもなく狼狽えている。どことなく顔まで赤い。そんな俺たちを見て、アイザックはくすくすと笑っていた。
「で、でも俺は嬉しいけどアイザックさんにメリットなんか」
 少女みたいに照れているハボックが、今更な事を言い出す。
「いや、私も信用できる優秀な探偵を探してたんだよ。エドが言うなら、間違いないだろう。実は一つ依頼したい仕事があってね。探偵を捜していたんだ。又今度会ってくれ」
 そう言って、連絡先の書いてある名刺をアイザックは差し出す。ハボックは我に返ってわたわたと自分の名刺を取り出していた。
 

(終わり)