黒の祭壇

黒の祭壇

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 翌日。
 午前中の内に訪れた公園には、確かに昨日大佐が言ったとおりの光景があった。
 公園の真ん中を流れる川はいつもは単に川沿いの樹にライトが反射するだけなのに、その川の中には何十匹という鯉幟がそよそよと泳いでいる。
 橋の上から覗いてみると、どうやら、布で作られた鯉幟を糸かなにかで束ねて止めているらしい。
 快晴な上に水の流れも調整してあるのか、長さ数メートルから1メートル程度の鯉幟が水中で泳ぐ姿は水の中に宝石があるようにカラフルだ。
 そんな水中を泳ぐ鯉のぼりを身ながら、川の岸で弁当をつつく家族連れや、露天で買ったりんごあめを食べるカップルなどが楽しそうに談笑している。
 川の両脇に水害防止用に植えてある10mほどの樹はそれぞれポールが巻き付けられて、多種多様な鯉幟が風を吸ってなびいていた。


「…すげ」
 あの男は派手だ。 
 いつもは緑以外に何もない公園は、今日は赤青黄色、橙紫などのいろいろな魚に囲まれ目が痛くなりそうなほどにうるさい。 
 でも、それこそ三百六十度見渡す限りのたなびく旗の流れは、背筋が泡立つほどに壮観だった。 
 綺麗な物だと思う。 
 天を泳ぐ魚か。それは、錬金術でも作ったことがない。 
 そんなもの作らなくても、人の手でこんな綺麗な物が作れるのだ。 
 橋の上、弟と二人川を眺めて、ただ魅入った。 

「すごいね、兄さん」
「…こんなことして、なんの役にもたたねえのに」
『市民が喜ぶ』
 奴ならそう言うかな。男は確かにこの東方を愛しているんだろう。 
 たしかに市民は喜んでいる。マスタング大佐の株は鰻登りだろう。それを狙っているんではあろうが、きっとそれだけじゃない。 
 面と向かって口にはしないが、あれは、…人間が好きなのだ。東方にすむ皆がきっと好きなのだ。 
 こんな司令官のいる町で暮らせるのなら、幸せなんだろうと思う。。 
 知らない東方の知らない祭り。テロリストの驚異にいつも晒されている町にしてみれば、そんなことがきっととても楽しいんだろう。 
 そういえば、今日は何処にいるんだろうかあの無能は。 
 文句を言って飛び出てから、遭ってない。
 あと一時間もしたら始まる宝探しに参加する子供や大人の群れがだんだん公園に集まっていた。 

「よー大将、参加するんだって?」
 背後から声を掛けられて振り返る。 
 肩にプラカードを抱えたハボック少尉がよいしょ、と下ろしてエドワード達に近寄ってきた。 
「少尉、お仕事ですか?」
「そりゃー軍部主催だから、俺達が設営しなきゃな」
 まったく、あの大佐は人使いが荒いよ、と。 
 そういいながらも、実は楽しんでいることを知っている。 
「あと一時間で宝探しだろ、頑張れよー、十三番はおまえさん達がゲットしなきゃ意味がないからな」
「少尉は参加しないんだよな?」
「しねえしねえ、俺達裏方。さっき宝物探しの鯉を隠してきたところ」
「鯉?」
「ああ、見つけるのは宝物その物じゃなくて、鯉を見つけるんだ。これだ、と思う物を持って行って正解かどうかはここまでこないと分からない」
「?」
 つまり、たとえば一番のヒントがベンチの下、だったとして、そのベンチの下に何があるかは分からない。ただ鯉にまつわる何かがあるのだとハボックが言った。 
 その鯉にまつわる、は置物かもしれないし、鯉の絵かもしれない。それこそ人かもしれない。それが何かはクイズ制作者のセンスによる。 
「だから、鯉にまつわるなにか、を見つけられない可能性だってあるんだよ。その場所にたどり着いたとしても」
「…それは」
 ちょっと、厳しいかもしれないと思った。 
 てっきりその宝自体がそこにあるのだと思っていた。 
「逆に、鯉だと思って持って行った物が、制作者の思惑と違えば駄目」

「なんか、結構面倒くさいのな」
 子供向けじゃなかったのか。 
「大将も商品見たら分かるだろ、大人が欲しそうな物はそれなりに面倒くさいようにしてあると思うぜ。ま、十三番が一番俺としてはいやらしいな、と思うけど」
 アルと顔を見合わせる。 
「少尉、十三番の出題者って」
「そりゃ、おまえ、大将が取りに来る商品だから、考えたの大佐に決まってるだろ」

 ――――――――――やっぱりだ。 
 がっくり項垂れる。 
「あの男…俺をからかうのがそんなに楽しいか」
 大佐が考えたと言うだけでうんざりする。奴の普段の性格から言って、どう考えてもろくなもんじゃないだろう。捻って捻って、遊んで高笑いしそうだ。 
 最終的にぜいぜい言いながら戻ってきた俺をにやにや笑いで迎えて「ご苦労」とか言いそう。 

「まあ、せいぜいがんばれ」
 ぽん、と頭に手を置かれて、ハボックはプラカードを肩に抱えるとひらひら手を振って去っていった。 
 その手を置かれた頭を撫でながら、ハボックの後ろ姿を見送る。 
(…大佐じゃなきゃ、嫌じゃないんだよなあ…)
 それは、大佐のことが苦手なせいなんだろうと、この時のエドワードは思っていたのだ。 

(終わり)