黒の祭壇

黒の祭壇

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52(連載中)

 三日に一度、エドワードは軍部側の喫茶店に行くのが恒例になった。
「珈琲のおかわりは?」
「あ、ありがとう」
 すっかり顔なじみになったマスターが二杯目の珈琲を注いでくれる。
 窓際の席で、ぼーっと軍部の玄関を見ながら、エドワードは、考え込む。
 毎日抜け出るのなんて、やっぱり不可能で。
 三日に一度くらいが、エドワードが仕事の合間を縫ってここに来られる限度だった。

 なお、一度もロイに遭遇したことはない。
 戦争が終わり、国はお祭りモードだ。
 アメストリスのこの場所に戦火が及ばなかったとはいえ、地方での小競り合いの話はいつも新聞に載っていたし、狩り出された軍人や、巻き込まれて死んだ一般人の訃報も毎日のように新聞に出ていた。
 それらの日々が終わったのだ。
 戦争に廻していた予算もなくなり、後回しにされていた医療や福祉に金が割り振れるようになる。
 まだまだ戦死した軍人の家族への保証や、壊れた建物などの修復に予算が割かれるから一般市民が豊かさを感じるには時間がかかるだろうが、それでも、人を殺すことよりも、助けることに金が割かれるようになったことはありがたい。

 通い始めて三ヶ月。
 まだ、一度もロイの姿を見たことはない。
 考えてみると当たり前なのだ。
 俺がこの喫茶店にいられる数時間で、あいつと遭遇するなんて可能性、多分限りなくゼロに近い。
 分かっているのにこの店に来るのは……何なんだろう。
 ちらり、と店内を見渡すと、何人かの客と目があった。
 俺と目があったと思ったら、彼らは一斉に視線を逸らす。
「……?」
 見られていたような気がするが、気のせいだろうか。
「なあ、マスター。この店、最近人増えたよな」
 前は、俺くらいしかいつもいなかった気がするけど、最近は誰かしらいる。
 どういう技なのか知らないけれど、俺が座っている窓際の席だけはいつも空いているけれど、他の席は結構埋まっている気がする。
「……人がいるのは、この時間帯だけですよ」
 マスターは、数秒黙り込んだ後に、小さくそう呟いた。
「ふうん? じゃあ、何時くらいなら人が少ないんだ?」
「……夕方五時くらいでしょうか……もしや、時間を変えたいんですか?」
「まあ、人がいない方が落ち着くし」
 繁盛している店には悪いけど、やっぱり見られているのはいい気はあまりしないものだ。
「おそらく無駄かと」
「?」
 なんで、と聞いた問いには答えず、マスターは水を注いでくれる。
 はぐらかされた気はしたが、追求する気にもなれなかった。

 この店の雰囲気が、エドワードは好きだ。
 落ち着いていて、珈琲の臭いが充満していて、静かで。大きな窓から降り注ぐ太陽の光を浴びていると、魂が空まで飛んでいきそうな気分になる。癒されるというのはこういうことをいうのだ。きっと。
 男が通らないかな、と思うのと同時に、少しだけリフレッシュも出来ている気がする。

 ……でも、それもいつまでなんだろう。

 ちくりと胸が痛む。
 ハクロがいう、身請けの日はどんどん迫っている。
 断るということは、レイブンはハクロを通じて、店になにかをするということ。
 だからといって、受けるということは、もう、誤魔化せないということ。
 魔法の一手があるとしたら、ハクロが身請けだの何だのの刻限までに、ピナコばっちゃんの孫娘が見つかることくらいだ。
 彼女の存在は全てをひっくり返すジョーカーだ。
 今の状態で、レイブンが俺にあれこれ指図できるのは、子飼いのハクロがこの店のオーナーだからだ。オーナーが言うことを聞かない他人であれば、レイブンは何も出来ない。
 正当な後継者が権利書を返せ、と言い始めたら、ハクロだって手を引くしかない。直系の孫の持つ力は、それほど大きい。
 その存在が後一ヶ月で見つかるのは奇跡に近い。
 彼女の状況も分からない。自分ならまずこんな確率の低い手札には、賭けない。
 ――でも、やるしかない。これ以上はもう、限界だ。

「よお、エド。どうしたんだよこんなところに呼び出して」
「……」
 待ち人は、気配一つ見せず、人の頭をかき回す。
 顔を上げたら、そこには見知った優しそうな長身の男。
 どっかりと反対側に座り込み、ハボックは久しぶりだな、と言って笑った。
 
 

(終わり)