黒の祭壇

黒の祭壇

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21(連載中)

 結局、家中捜索して分かったのは、ばあちゃんには死んだ息子と、行方不明の孫がいることだった。
 親戚までは分からない。そこまで追うには探偵を頼むしかなく、そんな金はなかった。
 自分の部屋で、税金や死亡通知書、預金通帳などの書類にまみれながらばったりと寝転ぶ。
「……どうしよう…」
 隣で弟はすやすやと眠っている深夜3時。
 ばあちゃんが死んで、一週間が経った。
 
 葬式はしめやかにおこなわれ――というか、身寄りが見つからなかったので、仕方なくねえちゃんたちが挨拶した。
 弔問客に渡す手土産や、祭壇の手配、支払いなどを一切合財とりしきったのは俺だ。
 お金はばっちゃんの箪笥に置いてあった金を勝手に使った。お店の金は勝手に使えないし、ばあちゃんのポケットマネーなど分かるわけがない。良心の呵責にとらわれたが仕方がなかった。
 店はあれから一応休業中。
 さすがに周囲の店や取引先の中にも「どうするんですか」という声が出始めていた。
 みんな思っていただろう。一人だったらどうにでもしたのに、と。
 この家は家族も同然だった。エドワードが来て、数年の間に一部の人は入れ替わったけれど、寝食をともにして生きている以上、運命共同体だったのだ。
 他の店から引き抜きがきている子も多い。店ごと買い取るといってきてくれた人もいる。
 この店は、実に評判がよく流行っていたから当然だろう。
 だが、店ごと買い取るといわれても、誰が売っていいのかも分からない。引き抜かれてもこの店がどうなるか分からないのに女の子たちも動くに動けないようで戸惑っている。
 どうするの? となぜかみんなエドワードに聞いてくるので、こっちは困惑しきりだ。
 とりあえず、葬式から身の処理を最後までしてから考えよう、と返答して、さっき帳簿をつけ終わった。
 明日はエドワードで分かりうる必要な書類を全部郵便で出したら、やれるべきことは終わる。
「なんで、遺書の一つでも残してくれなかったんだよ……」
 亡くなった人の悪口のようで少し心が痛んだが、思わず口から愚痴が漏れてしまうほどに、あまりにも分からないことが多すぎる。
 遺書さえあれば、中身がなんであれ俺達も動くことが出来たのだが、そのようなものがないために不透明な水の中をふらふらと、上がる陸地も分からず泳ぐばかり。
 この書類を出してしまったら、俺は明日取引先や近所の人たちに質問攻めになるのかと思うと胃が痛くなりそうだった。
 
 
 
 どんなに嫌だと思っても、夜の次には朝が来る。
 翌日の昼頃には全ての処理が終わって、静かな休憩室でくつろぐ俺のところに、気が付けばちょこちょこと姉ちゃん達が訪れてきていた。
 微妙な違和感を抱いてしまったのは、彼女たちの態度がどうもぴりぴりしてるからだ。
(ええと……)
 引きつった笑みを浮かべて額に手を当てた。
 そうだった。質問攻めにしてくるのは取引先よりも先に――いるじゃねえか。当たり前だ。
「…………お茶入れてくる」
 もうこれは覚悟を決めないと、どうせ話し合いは必要だからなあ、と立ち上がろうとしたエドワードを複数の女性達が押しとどめる。
「あんたはいいから座ってな」
「そうよ、エドワードは一人で働きすぎなのよ。このくらい私たちがやるから」
 うんうん、と何人もの姉ちゃん達が頷いてくれたが、気持ちだけでいいなあと思う。
「駄目だよ、綺麗な服が汚れたらどうすんだよ、俺がやるから」
「だって、ここ一週間くらいほとんど寝てないじゃない! 座ってて」
 複数の姉ちゃん達に肩をつかまれ無理やり座らされる。挙句ぎゅう、と抱きしめられるに到ってはさすがに身動きがとれなくなった。
 漂う甘い香りを嗅いでると眠くなるので、目をぱちくりさせながら周囲を見渡すと、誰一人お茶を入れろとは言わずに心配そうにこちらを見ていた。
 非難がましいその瞳たちに、自分は何かしたのかと不安になってくる。
 エドワードをきつく抱きしめて離してくれないリリー姉ちゃんの背中に腕を廻して、動揺をそのまま口に登らせる。
「……いや、でも俺一応それが仕事だし」
 姉ちゃん達はある意味商品なので傷をつけることは許されない。彼女達が健康で、ストレスもなく日々の仕事をできるように勤めるのが俺達雑用の仕事なわけで、彼女達が女王アリなら自分は働きアリだ。女王アリに働かせるなんて話、聞いたことない。
「ねえ、誤解してるようだけど、エドワードはもっと威張ってもいいのよ?」
「――は?」
 いきなり解析不可能な言葉が振ってきて、思わず声が裏返った。
「そうよ、だってあなた、どれだけのことしてきたと思ってるの。今回楼主が亡くなった後に、一応この店がまだここにあって、私たちがごはん食べてて、きちんとお葬式もしてあげて体外的な面子を保ててるのはあなたのおかげじゃない」
「……? だって、それが仕事じゃ」
「もう! 仕事じゃないわよ! 雑用のお給料でやる仕事のレベルをはるかに超えてるの!」
 苛立たしげにお姉さん達が声を上げる。
「私たちはそんな知識ないもの。せめてお客さんを楽しませて癒してあげることしかできない。ほんとうだったら掃除や洗濯こそ誰か他の人を雇って、エドが楼主になったっておかしくないのよ」
「簡単にいうと、雑用の仕事と楼主の仕事やってるくせに自分は雑用だと思ってるのよあんた。あんたぐらいになったら他の人雇って、雑用は任せた方がいいのに」
 はあ、とみんなから一斉にため息を吐かれて、ようやっと言われている意味がわかってきた。
 つまりは雑用仕事はもうやるなと言いたいらしい。でも雑用だし、というと雑用じゃない、ということらしい。
 意味は分かったが理解はできない。
「…………エドワードが次の楼主なら丸くおさまるのに」
「賛成」
「反対はいないでしょ」
 いつの間にやらお茶を持った姉ちゃんが戻ってきて、俺を中心に円陣を組んだ彼女達が勝手に話を進めている。
 たらりと冷や汗が流れた。
 ちょっと待て、これは外堀?
「いや、待てよ。俺、ばあちゃんとはなんの血のつながりも……!」
「だって、親戚見つからないからしょうがないじゃない」
「そうそう」
「そうじゃなくて、相続するならそれなりの手続きだっているんだよ! お孫さんだって生きてるし、そう簡単な話じゃ…」
「なんとかするでしょ、エドワードなら」
「いや、だって法律で決まって」
「そうそう、できるわよ。なんとかして」
「……」
 あまりに簡単に切り返されて絶句する。

 無茶だ。

 相続人は行方不明。失踪者として死亡宣告を出せばいいのかもしれないが、年齢的にどうやら孫は俺と同じ年くらいだ。
 そんな状態で死亡宣告なんて出したくない。一人で生きていける歳とは思えないし、おそらく誰かが育てているのだ。
 そんな子供が自分のおばあちゃんのことを調べて「孫の私は生きてる」と連絡してくるわけがない。
 どこかに養子に出されてその家の子になっているのかもしれない。
「姉ちゃん達、俺がすんごい頭いいと誤解してねえ?」
 頭痛をこらえながらそれだけ言うと、みんなが顔を見合わせた。

「してないわよ」
「うん、してないしてない」
「だって誤解じゃなくて事実じゃない」

 けろっと勘違いな解答をされたあげくに肯定の頷きが一斉に帰ってきて、今度こそ頭が痛い。

 駄目だ、これは。
 一から相続というものを説明して、資産がとか税金がとか言ったところで「よくわかんないけどなんとかしてよ」と言われるだけだ。
 
 もう、すっかり入れてもらったお茶は冷めていた。

(終わり)